涙の中で
「ただいま―。」
リョウといた行きつけのカフェから家に帰るまで、どうにか涙をこらえていた私を誰か褒めて欲しい。でもそれももう限界だった。
おかえりー、といつものようにお母さんが出迎えてくれるが、それに応える気力なんて残っているわけがない。私は冷凍庫からアイスを2個も3個も取り出した。種類なんてどうでも良い。あら、カスミがアイスなんて珍しいわね!という呑気な声が追いかけてきたが完全に無視して自室にこもる。
やけくそにアイスをベッドに投げつけ、それに続くように私もベッドに飛び込む。ボフッ!マットにダイブとはいえ顔面から突っ込んだから、鼻に衝撃が走ってちょっと涙が滲んだ。
「……痛っ…………」
じんわり熱を持った鼻を左手の親指と人差し指で摘みながら、よろよろと起き上がってヘッドボードにもたれかかった。適当に手を伸ばしてアイスを一つ掴み、乱暴に包みを開けて中身を取り出す。
ガブッと一口かじると頭にキーンと来た。
「いったあ……」
なんてことはない、ただ冷たい物を食べたことによる頭痛だったのに今度はぼろぼろと涙がこぼれる。熱い滴が頬を流れて口にくわえたアイスにポタポタ零れ落ちてきたが、それもどうでも良い。ただ、私の頭の中は彼の言葉でいっぱいだった。
――他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ――。
ずっとダイエットのために我慢していたアイスは涙がまじって、甘いのやらしょっぱいのやらよく分からない味だった。ベタベタの手で乱暴に目をこすって、私は2個目に手を伸ばした。
――他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ――。
2個目のアイスを食べきって、棒をゴミ箱に向かって投げ捨てると迷わず3個目に取り掛かった。口は冷え切って麻痺してしまったみたいで、もう味なんて分からない。齧る元気も無いから、ただしもやけみたいに分厚くなった唇で挟んで溶かしているだけ。……なんてサイテーで惨めな食べ方なんだろうと思いつつ、私はそれを止められない。
――他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ――。
ずっと泣いてるのに、まだ涙は止まらない。頭の中がアイスみたいにぐしょぐしょに溶けてきてるんじゃないかな……とつまらないことを思いついて、ちょっと自嘲気味に笑ってみる。
――他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ他に好きな人が出来たんだ――。
ちょっとだけ残っていたアイスを無理やり口に詰め込んでゴクッと飲み込むと、私は横になった。いまや口だけでなく体全体が冷え切っていて、ただ涙だけが熱かった。
「他に好きな人が出来たんだ……」
声に出してみると余計に悲しくなってきて、今まで静かに涙を流していただけだったのがしゃくりあげるようなものに変わってしまった。冷たくなったのどに空気が触れたせいか急に咳が出てきてみっともなかった。惨めだなあ。私、ほんっとうに惨めだよ……。彼氏に振られて、やけ食いして、泣いて……。なんで私が、こんな目に合わなきゃならないの……?
「……リョウの方から告ってきたのに」
カスミ、好きだよ、って何回も何回も言ってくれたのに……。カスミの可愛いところが好き、って言われるのが嬉しくて、リョウの好みの女の子になれるように髪を伸ばしたり、ダイエットしたり、日焼けしないように気をつけたり……。それなのに。
――他に好きな人が出来たんだ――。
「ひどいよ……あんまりだよ……」
あっさり振られてしまって、もうどうしたら良いのか分からない。……私がこんなにつらいのに、まだ地球が普通に回っているなんて信じられない。明日も学校に行かなきゃならないなんて……だって、教室にはリョウがいるじゃない。そんなの……耐えられないよ。
ドアの向こうからお母さんがごはんよー、と呼んでいるのが聞こえた。でも、多分、今は顔が腫れきっていて家族にだって見せたくない。私は布団をかぶって外部の音が聞こえないようにした。暗闇の中、もうこのまま目が覚めなきゃ良いのに……。そう思いながら、いつしか私は泣き疲れて寝てしまっていた。




