第五話
ノーマしてんです。
主人公以外の視点を入れるか迷いましたが、作者が好きなので。
難産でしたが……。
◆ノーマ視点
私、ノーマはカバルダ公国の東の端、カウサス山脈麓に広がる大森林に程近い町、ハジアで薬師見習いをしています。
赤子の頃、薬師である師匠に森で拾われ、それ以来弟子として養っていただいています。
十五歳になった今でも未だに見習いのままですが、最近いくつかの簡単な薬の調合は、させてもらえるようになりました。
近所のおばちゃん方にも「綺麗な赤毛で美人でうらやましいわ」といつも褒められるので、あと少ししたら仕事もできて美人なスーパー薬師の誕生です。師匠なんかすぐ追い抜いて見せます。
しかし、おばちゃん方が誰しも、最後に「喋らなければ……」と小さく付け加えるのは何故なのでしょう?
別に特別汚い声でも、歯並びでもないと思うのですが。
さて、その日、私は「傷薬」を作るために必要な薬草「カン草」を摘みに、森へ入いりました。
私がここに向かったのは、恥ずかしながら配合の失敗で、用意するよう師匠に言われた傷薬に、材料が足りなくなったからです。
知り合いに分けてもらおうにも、「カン草」は保存が利かないので、昨日詰んだ分はもうほとんど薬になっているでしょう。
また、「カン草」はその辺りに生えている雑草と見分けが難しく、けれど知っている者なら簡単に手に入ることから、冒険者たちは採集をなかなか受けてくれません。
そもそも、私個人が採集の報酬なんて出せません……。
このままでは師匠に怒られると焦った私は、師匠の言いつけを破って、一人森へ採集に行ってしまいました。
場所も森の浅いところというのも、私の油断の原因だったのでしょう。
正午の鐘から一時(二時間)経った頃、私は採集場所に着き、急いで採集にとりかかりました。
町までの距離は急いで半時ほど。
日が暮れるまでに完成させなくてはいけないので、時間を無駄にはできません。
採集開始から、約一刻(三十分)。
そろそろ必要分がそろったので、帰ろうかと立ち上がったっ時、それに気付きました。
私をじっと見つめる、大きな野獣に。
ケットシー。
猫の野獣で、その大きさは、通常一メル(メートル)ほど。
しかし、木々の間から私を見つめるそれは、明らかにその三倍はありました。
私が気付いたことを察したのでしょう。
ケットシーは私の前に姿を現しました……よりにも寄って、町への道を塞ぐかのように。
こんな森の浅い所に、なぜこんな野獣がいるのでしょう?
まだ魔獣化はしていないようですが、このサイズまで成長しているのなら、もう間もなくというところでしょうか。
冒険者や自警団で、討伐隊が組まれてもおかしくないほどです。
意外と冷静だなあと、自分でも思いましたが、そんなわけもなく、思考だけ空転し、体は一切の命令を受けつけていません。
そして、動かない私に業を煮やしたのか、ついにケットシーが動き出しました。
一歩一歩、こちらに近づいてきます。
あと二メルほどに距離が縮まったとき、とうとう私は後ろに走り出してしまいました。
野獣に背中を見せて逃げてはいけない。
それは子どもでも知っている常識です。
でも無理です。
無理すぎます。
あんなのを前にしてそんな悠長なこと言ってられるほうが、おかしいです。
私は自分が町と逆方向に走っていることに気付きながら、その足を止めることはできませんでした。
ちらりと後ろを見ます。
追いかけられてます。
めっちゃ追いかけられてます。
追いかけないでー。
私は美味しくないよー。
そう叫びたいのですが、そんな余裕あるはずもなく、私は必死で逃げました。
◆◇◇◇◆
とうとう追いつかれました。
ちょうど私の体力の限界が瞬間を見計らって、ケットシーは私を追い越し、回り込みました。
私はもう立っていられず、そのばにへたり込みます。
ああ、私の人生はここで終わるんですね。
ごめんなさい師匠。
このクソババア毒盛って殺してやろうかと何回も思いましたが、実際下剤を盛ったこともありますが、今まで育ててくれてありがとうございました。
私が死んでも、どうか日記だけは読まずに燃やしてください。
後生ですから。
私が人生を諦めかけていたとき、「彼」は現れました。
颯爽と私とケットシーの間に割り込んできた「彼」は、この辺りでは珍しい黒髪黒目。
精悍な顔立ちですが、痩せこけ、頼りない雰囲気満載です。
来ているのが、ただの布の衣服というのも、その頼りなさに拍車をかけていました。
「大丈夫? 立てるか?」
「彼」に声を掛けられて、ハッと我に返り、ここでようやく理解が追いつきました。
どうやらこの人は私を助けようとしているのでしょう。
ですが、無謀です。
周囲を見ても、仲間がいるというわけでもないようです。
やめて! 私のために命を無駄にしないで!
そんなどこかのヒロインみたいなことも考えましたが、考えただけです。
ここは力を貸していただきましょう。
「はい……、立つぐらいはどうにか」
私はここでようやく腰に差した剣を思い出し、抜きました。
完全に素人ですが、ないよりましでしょう。
「その状態じゃ戦力にならん。後ろに下がって、警戒しつつ、体を休めろ」
私が勇気を振り絞って、戦う準備をしていると、「彼」はそれを不要と言い切りました。
何なんでしょう。この人死にたいんですか?
しかし、私が戦えないのも事実です。
足手まといは下がっているとしましょうか。
私が下がると、「彼」はケットシーとの戦闘を始めました。
それは凄い戦闘でした。
ケットシーの目にもとまらない攻撃を、「彼」はひらりひらりと避け、最後は自ら投げた石によりできた隙に、一気に勝負を決めてしまいました。
そして何より私の印象に残ったのは、「彼」が戦いながら、笑っていたことです。
いつ命を落としてもおかしくないあの状況で、笑っていられるなんて、よほど「彼」は強いんでしょうか?
見た目は駆け出しの冒険者のようですが、あのケットシーを一人で倒してしまうほどの強さ。
この辺りでは見かけない黒髪黒目。
もう頼りないという印象はどこかへ行ってしまいましたが、今度は怪しさ爆発です。
でもまあ……良い人なのだとは、思います……。
あれ?
ケットシーの下から、「彼」が出てきません。
た、大変です!
辺りが血の海です!
ああ、私を助けたばかりに優秀な冒険者の命が儚く散ってしまうなんて……。
っと、まだ死んだと決まったわけではありません!
命の恩人をお救いしなければ!
私は彼を助けるべく、走り出しました。
読んでいただき、ありがとうございます。