第三話
呪文で悩んで、結局……。
猫は思っていたより軽かった。
同サイズの虎が二百キログラムぐらいらしいが、その半分といったところか。
とはいっても百キロ近い巨体が、のしかかっているのだから、重くないはずがない。
あれ?
なんか頭が濡れてる。
ぴゃー!
剣を刺したところから滴った血溜まりに、後ろ頭が浸ってる!
と思っていたら、背中も何か気持ち悪い。
これ絶対浸かっているよね?
着替えもないのに!
このままじゃ見た目猟奇殺人者になって、町には入れなくなるではないか!
俺の冒険者生活が遠ざかっていく!
そんな感じに混乱していると、すっかり忘れていた少女の足音が近づいてきた。
「大丈夫ですか!? 生きてますか!? 今引っ張り出しますね」
血溜まりに浸かっている俺が、大怪我をしているようにでも見えたのだろう、少女が切羽詰まった声で話しかける。
「ごめんなさい、私を助けたばかりに……。すぐに治療します! 傷はきっと浅いですから、気を確かに持ってください!」
だんだん涙声になってきた
さすがに、これ以上心配させるのも悪いか。
「あー、本当に大した怪我してないんで、そんな心配しなくて大丈夫だよ。この血もほとんどこいつのだし」
そう言って俺は、唯一に動かせる左腕で、猫をばしばしと叩いた。
「ただ、右腕も下敷きになってて、こいつを退かせるのが大変だからちょっと手伝ってくんない?」
「そう……ですか。本当によかった。今、退かせますね」
そう言って少女は、猫を横に押して一回転させた。
「ふー、助かった。ありがとうね」
ようやく体が自由になったので、まず自分の怪我をチェック。
全身血だらけで分かりにくいが、出血しているのは爪にやられた頬だけのようだ。
後は、剣を持っていて下敷きになった右手首、猫とぶつかった胸を少し痛めたが、骨に異常はなさそうだ。
「んー、怪我は頬の傷と右手首を少し痛めたぐらいかな。まあ、それぐらいであいつを倒せたんだから、よしとするか」
俺が、全身をチェックしているのを少女が心配そうに見ていたので、安心させるよう笑いかけた。
「これぐらいなら、すぐ治るよ。それより、血の匂いで他の獣が寄ってくるかもしれないから、移動しようか。自己紹介とかも、歩きながらでいいよね?」
「はい。あ、でもあなたも血だらけですよ? ちょっとじっとしててください」
そう言って、少女は俺に手のひらを向け、目をつむり集中しだした。
そしてすっと目をを開き、呪文を唱えた。
『浄化』
その瞬間、俺の全身が淡く光り出し、光が収まった頃には、全身に着いた血が消え去っていた。
ま・ほ・う・だ!!
あるのは知っていたけど、こうして実物を見ると、めっちゃテンション上がる!
今少女が唱えたのは「浄化」の魔法で、対象の汚れを落とす、簡単な魔法だ。
一応与えられた知識の中に使い方があるので、俺でも使える。
もう一度言う。俺でも使える!!
いやー、やっぱ後で使える魔法チェックしてみよう。
楽しみだ。
「おー、ありがとう。それじゃあ、移動しようか。っと、俺今道に迷っていたんだけど、村か町の方角って分かる?」
俺は興奮を悟られないよう、何でもない風を装って、さりげなく道案内を頼む。
「はい! あ、このケットシーどうしますか? 爪と牙はすぐ採れると思いますが。魔獣化してないとはいえ、このサイズなら結構な値で売れると思いますよ?」
こいつケットシーなのか。
うん、目の前にお金が横たわっている。
確かにお金は欲しいな。
「じゃあ、爪と大きい牙だけ剥いで行こう。牙を抜くのは力がいるから、爪の方をお願いしていいか?」
「分かりました!」
そう言って少女は爪を剥ぎにかかる。
俺も牙を抜こうとしたが、そこで剣がまだ刺さったままなのに気付いた。
あぶねえ、忘れて行くところだった。
俺はそれを血がかからないよう引き抜き、振って血を払い、布で拭い鞘に納める。
後で魔法で浄化するとして、今はこんなもんでいいだろう。
さて、牙を引き抜くか。
……結局、牙を根元からへし折る。
思いのほか手間どり、少女が爪を剥ぎ終わるまでに、一番大きい牙一対しか手に入らなかった。
「よし、行くか」
少女から剥いだ爪を受け取り、少女の先導で俺たちは歩き出した。
まだヒロインの名前が出せなかった……。
読んでいただきありがとうございます。