第二話
初戦闘。
いや、チートと強キャラの線引きが分からない……。
近づいてきた者の正体がわかったのは、俺が隠れている茂みまで、相手があと数十メートルのところでだった。
少女と一匹の猫。それが俺がこの世界で初遭遇した生物。
赤い髪ポニーテールの少女。
顔は欧風の綺麗な顔をしているが、健康的に焼け、土で汚れた上に必死の形相をしているためか、アマゾネスのような凄味がある。
そう、必死の形相。
絵的には、森の中で綺麗な少女が猫に追いかけられ、必死に逃げているというものだ。
必死に、でなければ、どこか和む絵だったことだろう。
しかし少女は必死に走り逃げている。
獣道なのか、走るスペースがあるとはいえ所詮森の中。
足元が舗装されているわけでもなく、周囲の草木が街路樹のように整えられているわけではない。
全力で走ればどうなるかは自明である。
しかし、葉や木の枝で体が傷つくことも気にせず、顔に土が付いていることも気にせず逃げている。
人に見られたら、お嫁に行けないような顔をしていることも気にせず全力で逃げている。
何故か?
その原因は、当然猫にある。
その猫は可愛らしい三毛猫だった。
いやこれが原因ではない。
原因は、猫が
で・か・い
ことだ。
近づいてくるほどにそのでかさが分かる。
恐らく虎縞なら、少しスマートな虎にしか見えないぐらいでかいのだ。
遠近感が狂っているのかと何度も目をこすったが、やはり見間違いではないようだ。
必死で逃げる少女の後ろを、巨大三毛猫が獲物を見る目で追いかけている。
少女の方は一応帯剣しているようだが、逃げることに必死で抜く気配もない。
これは助けた方がよさそうだな。
せっかくの情報源だし、何より可愛いし。
え?
危険じゃないかって?
だからいいのさ!!!
うん。
いや正直、何とかなりそうだし。
でかいだけの猫なら、最近倒した熊の方が強そうだし。
危険だけど、少女を助ける方が大事!
べ、別に巨大猫とどう戦うか想像して、興奮してテンション上がってるわけじゃないんだからね!
……いったい誰に言い訳してるんだ俺は。
あ、猫が気をつたって回り込んだ。
少女も体力の限界らしく、悲鳴もあげずにへたり込んでる。
少女との距離はもう数メートルも離れていない。
さて行くか。
異世界初戦闘に!
俺は勢いよく茂みから飛び出し、少女と猫の間に割り入った。
いきなりの乱入者に、少女も猫も驚いている。
少女は呆然と俺を見上げ、猫は警戒しつつ、じっとこちらを観察している。
「大丈夫? 立てるか?」
俺が剣を猫に向け牽制しつつ話しかけると、少女は状況を理解したのか真剣な顔になる。
「はい……、立つぐらいならどうにか」
そう言って立ち上がり、少女も腰の剣を抜く。
「その状態じゃ戦力にならん。後ろに下がって、警戒しつつ体を休めろ」
せっかくの戦闘を邪魔されちゃ嫌だし。
俺はそれらしいことを言って、少女を下がらせる。
少女は俺の言葉に頷き、猫から目を離さず、ゆっくり下がっていく。
少女がある程度下がるのを確認し、俺は正面の猫を見据える。
距離は相手の間合いのギリギリ外ってところか。
相手が飛びかかってくれば、その巨体に見合った大きな牙と爪が、容易く俺の命を刈り取る距離。
血が滾る。
鳥肌が止まらない。
俺は今にも切りかかろうとする体を抑え、正眼に構えた剣先をゆらゆらと揺らした。
その瞬間。
ぶわっ!
と、目の前を風が通り抜けた。
猫が前足で剣を払いのけようとしたのだ。
俺はその直前後ろに退き、凶悪な爪をやり過ごした。
やっぱり大きくなっても猫は猫。
動くものを、反射的に攻撃してしまうようだ。
にしても今の一撃。
見かけ通りめちゃくちゃ早い。
一瞬でも退くのが遅ければ、剣が弾き飛ばされる……いや、腕ごと切り飛ばされていただろう。
背中を流れる冷汗が、火照った体に心地いい。
そしてこの緊張感が気持ちいい!!
ああ。
もう一回もう一回!!
ゆらゆら。
ぶわっ!
うひょー!
やべー、嵌る。
っと、猫が警戒しだした。
んー、残念。
もう一回ぐらいしたかったな。
さて、まじめに戦闘しよう。
俺は剣を片手で構え半身になり、さっき拾っておいた石をポケットから取り出し、相手から見えないように猫の横にある茂みに放った。
がさっ。
石が茂みに落ちた瞬間、少しだけ猫の注意が俺から逸れた。
その隙を見逃さず、俺は猫に走り寄った。
猫は一瞬遅れて、今度は全身ごと俺に飛びかかってくる。
後ろに退いて避けられないようにするためだろう。
だが俺はもう退かない。
姿勢を低くして、さらに相手の懐に入り込む。
そして、俺と猫は交差する。
ざくっ。
爪が頬を掠めたようだ。
だが、どうにか前足はかわすことができた。
突き出された両前足の間に入り込み、俺は、俺に噛みつこうと開けられた顎を、下から剣で貫く。
柔らかいあご下の肉を破り、頭蓋骨を貫通する。
仕留めた!
と思う余裕があるわけもなく、俺はそのまま、猫に勢いよく押し潰された。