彼女の笑顔
彼女が僕へ何冊かのノートを差し出した。
「私の全てが入ってる。持ってて」
彼女はどういう気持ちで、僕に何を託そうとしているんだろうか?
何と言ったらいいかわからなくて、ただ黙って受け取った。
彼女が嬉しそうに笑う。それを見て、泣かないと決めていたはずだったのに……彼女の前で久しぶりに泣いてしまった。
彼女は優しく笑うと、僕を軽く抱きしめる。
「半年前に戻った感じだね」
そう、半年前まではこれが普通だった。僕はよく泣く男だったのだ。
どんな場所だろうが、人前だろうが泣いてしまうのが僕で、その逆が彼女だった。
でも、病気が発覚してから、それが逆になる。彼女は僕の前だけで泣くようになる。
彼女からノートを受け取ってから一年が過ぎたころ、やっと決心して、僕はノートを開いた。
読めずにいた託されたノートは日記だった。僕が知らない彼女がそこに居た。
高校生のころから、書かれていたのが、大学生になると、僕の名前が少しずつ出てくるようになった。か、かなり恥ずかしい。
読み進めるとだんだん辛くなってくる。一年半前の出来事が鮮明によみがえってきた。
彼女は、最近物忘れが激しいと自分の異変に気付き始めていて、その影響で、仕事でもミスが続いて落ち込んでいた。
彼女の言葉に、僕は疲れているんじゃないか? とか、冗談気味に返事を返していた。
彼女もその時は笑っていた。
数日後に会うと様子が変だった。
念のために病院へ検査に言った事だけをようやく僕に話すと、僕に抱きついて、ただただ泣いた。
この時初めて、僕は、彼女の涙と弱さを知った。
少しだけ落ち着いた彼女が話しだす。簡単に言うと若年の痴呆症らしい。
彼女の場合進行が早いという事だった。
「全部忘れちゃうんだって」
「……」
「ごめんね」
「何で謝るだよ」
「……」
ただ抱きしめる事しか僕には出来なかった。
この日から、彼女は、何もなかったように、僕の前以外では気丈に振る舞って、僕の前では泣くようになる。
弱さを見せてくれるようになって、僕は嬉しかった。けど、日記には自分を責めている彼女が居る。
僕の前で、甘えてばかりだと……。あの日の前日の日記にも。
ノートを渡された一ヶ月後には病気が急速に進んでしまって、誰だか判断がつかなくなっていた。でも、僕がお見舞いに行くと笑顔で出迎えてくれ、そして、そっと彼女から手を握られる。
帰る時になっても手を離さないのでよく困った。
次の一ヶ月後には彼女はもう居なかった。病院をどうやってか抜け出して、事故で亡くなったのだった。
日記をどうにか読み終える。泣きながら読んだので頭が痛い。泣き過ぎだよな。
泣いている自分に苦笑していると、一つ気付いた。
この日記を受け取った時も僕は泣いていた。彼女が自分を責める気持ちが少しは減ったんなら、我慢できずに泣いたのも良かったんじゃないかな。
僕の泣く事で、彼女が救われたのなら……。
あの時の彼女の笑顔を想いながら日記を閉じた。