第一章・前半
『――ねぇねぇ、この画面を見ているキミは、こんなことを考えたことはあるかな?』
どこか、噛み合っていない。
目の前の光景に、そんな違和感があった。
銀行の中央――とは言っても、教室二つ分ほどの広さしかない小規模な出張所だ。
冷たい大理石の柱に埋め込まれたデジタルサイネージ。
そこで、丸みの強いピンク色の球体――短めの手に大きめの足をした「何か」が、軽やかに跳ねながら、無邪気さと挑発を混ぜ合わせたような声で問いかけていた。
『――どんな人になりたいのか、そのために何が必要なのか』
いかにも人に媚びるために作られたような外見に反して、その「ホシピー」が紡ぐ言葉は、妙に現実的だった。
あれが創星学園のマスコットか……人気が高いのも納得できる。
手続きの呼び出しを待ちながら、待ち席に腰を据え、淡々とホシピーを眺めていた悠真は、ふいと目を逸らし、耳だけをそこに置いた。
『考えたことなくても平気! 創星学園に来たら、どんな道を選んでも、全力でキミを支えるよ! しかも卒業生の就職先も保証できるピー!』
腕に装着された端末を起動し、空中に浮かび上がったホログラムを覗き込む。
そこに表示されたのは、ターゲットである「創星学園」の内部機密データだった。
【創星学園 除籍者リスト】
潜入と関係があるかは分からない。
だが――さっきの広告と、どこか繋がっている気がした。
ホシピーの軽快な声を聞き流しながら、リストをスクロールし始めた。
『それ以外にも、今までと一味が違う教育を体験できるピよー! その一つね、時間割に縛らないことピよー! だってキミは自分で時間割を決めて、成長できるから!』
【除籍者№10044 六等星 工一 和彦 理由:基準未達】
『もちろんそれだけじゃないピよー! 学費はなんと、全額免除! 入試の試験料を一回払うだけで、卒業まで一切の学費はいらないピよー!』
【除籍者№10075 五等星 汐崎 秋子 理由:生活ポイント滞納による信用失効】
……偶然、ではなさそうだ。
『一人で悩む必要もないピー! 各分野の先生や施設がしっかりサポートするピよー!』
【除籍者№10121 五等星 伊良 皆久美 理由:自主退学】
……そういう話のはずだが、自主退学、か。
一件一件はばらばらに見えるが――妙に、同じ匂いがする。
『だから何も心配しなくていいピー! キミが最高の学園生活を送れるよう、ボクたち――』
柱に映った人影に気づいた瞬間、スクロールを止めて、そのまま端末の端に触れる。
――パァン!
「う、動くな! ……手、上げろ!」
目出し帽で顔を隠した男が拳銃を天井に向けて、銀行の入り口に立っていた。
耳を轟く爆発音。
遅れて、銀行のざわめきが凍りついた。
『さぁ! キミの未来は、きっとここで輝くピよー!』
【除籍者№10197 四等星 浜浦 久司 理由:反社会】
★★★
数秒の間、銀行は静寂に包まれていた。
沈んだ空気と、硝煙の匂いだけが漂っている。
誰も、動かなかった。
だが間もなく、女の悲鳴が静寂を裂いて、銀行の空気を騒がせた。
悠真は待ち席の後ろに身を屈めながら、銀行の様子を見渡した。
騒ぎ出す客。
竦む行員。
動けない警備員。
強盗を見つめるだけの者。
身を屈めて、冷静に様子を伺う者もいた。
バァン!
二度目の銃声だった。
「さ、騒ぐな! ……撃つぞ!」
不自然な口調。
不慣れな持ち方。
震える手。
こいつ……素人だ。
しかも、他にも不自然な箇所がいくつもある。
「ポイント――じゃなくて、金を出せ!」
「ポイント」という言葉。
「は、はやくカバンを用意しろ!」
カバンを要求する直前、腕をかざすような仕草。
「くそ! なんで俺が……」
愚痴のような呟き。
やはり事情があるのか。
どう見ても、無謀すぎる。
残りの秒数を見積もり、コインを取り出した。
タイミングを計って、コインを指で弾き飛ばした。
狙いは――隙を見せた強盗の手首。
「痛っ!」
不意の衝撃に、強盗が拳銃を手放した。
慌てて拾い上げたが――もう遅い。
「動くな! 警察だ!」
予想通りのタイミングで、支援が来た。
要請に応える効率が高い。やはり普通の端末じゃないのか。
「く、来るな!」
強盗は抵抗しようとしたが、すぐ警察に制圧された。
その途中で、何かが床に落ちて、足元に転がっていた。
これは……紋章?
それを拾い上げてみると、それは埃をかぶった紋章だった。
埃の下に、うっすらと羽に乗った星星の形が見える。
だが、もっとも目を引いたのは、刻まれていた「10197」という数字だった。
――さっきのリストと、同じ番号。
近づいてきた警察に渡すと、紋章を見て、なぜかため息をついた。
「はぁ……また『あの学園』からの退学生か」
警察はそう呟いて、仲間と一緒に強盗を連行した。
★★★
強盗が起こした騒ぎを解決するまで、そんなに時間は掛からなかった。
二人の警察が支店に残ることで、行員たちはまたすぐ作業を再開した。
デジタルサイネージも広告の再放送を始め、ホシピーは甘い言葉を紡ぐ。
だが、微かな硝煙の匂いと警察のため息は嘘をつかない。
あの程度の準備で、強盗か。
……気になる点が多すぎる。
少し、整理してみるか。
生徒募集広告と除籍者リスト。
素人強盗に反社会。
ため息をつく警察。
すぐ元通りに仕事へ戻る行員たち。
それと――あの紋章。
――どうやら、潜入任務の「原因」はこの辺りにありそうだ。
あの学園は、どこかおかしい。
……この目で確かめるしかない。
だが――
あの「違和感」は、ただの違和感で済むものなのか。




