七月一日【file. 4】
「あ、えと……私、東雲亜鬼です。一応高校一年生で……」
「……東雲か。影厄の可能性がある。お前、俺と鎮圧部隊の本部へ来い」
「エイヤク……?」
汚れひとつないはずの制服はボロボロに裂け、彼女の細い肩が小刻みに震えている。
助かった安堵よりも、理解不能な現状への困惑が勝っている、そんな顔だった。
「今お前の身体の中には、鬼童丸と言う物怪が入っている。直ちに情報を整理し、上層部と相談の上、G.H.O.と言う国家霊鎮圧部隊に入ってもらう」
「わ、わかりました……」
春日隊員の声には、同情の欠片もなかった。
倒れた少女をゴミのように処分した直後の手で、彼は獲物を見定めた猟師のような冷たい眼光を亜鬼に向ける。
それは「勧誘」ではない。
拒絶を許さない「徴兵」の宣告だ。
日常を奪われ、戦う道具として登録される恐怖に、東雲さんは幽かな吐息を漏らす。
「お前ら二人も今日は帰れ」
「で、でも……」
「帰れって言ったのが聞こえなかったのか?」
「……わかりました」
用済みだ、と背中で語りながら、春日は亜鬼の腕を無造作に掴んで歩き出す。
抗う術のない私達はただ、その背中を見つめることしか出来ない。
夜の渋谷の喧騒が、遠くで嘲笑うように響いていた。
救えたはずの命は塵となり、救われたはずの少女は戦いの歯車へと組み込まれていく。
これが、私たちが守りたかった「日常」の、あまりに無慈悲な裏側だった。
「ただいま帰りました」
「疲れたねぇ〜」
ロック付きの居住者専用スペースの自動扉が開かれると、私達はその敷居をまたぐ。
外の蒸し暑い夜気とは対照的な、冷房の効きすぎた無機質な廊下。
私は吸い寄せられるように、電気をつけると、リビングの真正面にある祭壇に足を向けた。
「ただいま、雪希ちゃん」
そう言った私の声は、きっと震えていたと思う。
祭壇に立てかけられた彼女の写真は、哀しみなんて感情は一切感じられない、口角が最高まであげられた笑顔だった。
―――大和雪希ちゃん。
G.H.O.に所属していた隊員であり、公の実の妹。
二年前に霊災害に巻き込まれて殉職……と言いたい所だが、代償によって亡くなった当時中学一年生の女の子。
異能力者はそれぞれ宿した物怪と契約する際に代償が生じる。
雪希ちゃんの代償は、熱い物に触れられない事。
それは公にも私にも存在する。
「皐月、毎日手合わせてくれてるよね?雪希も喜んでると思うよ」
「……でも、救えなかった。あの時私が異能力を使えていれば……」
「雪希が死んだのは、皐月の所為じゃない。僕だってあの時は妹の為に何も出来なかったし……それに」
私の言葉を否定する公が言葉をのみ込んだ。
何を言いかけたのかは私には分からない。
公の代償は雪希ちゃんの真逆。
冷たい物に触れられない事。
そして私の代償は、異能力を使う度に女の子としての幸せを奪われ続ける事。
二年前までは私も、そんな不条理な代償に抗い続けていた。
しかし、雪希ちゃんの霊体が何処かに行ってしまった謎を追うために私は今日も術を振るう。
全ては亡くなった雪希ちゃんと、公の為に。
そして、いつか来たるべき三年後の敗戦に向けて。
「さ、上に登ってご飯にしよう。公、何か作ってよ」
「うんっ!」




