七月一日【file. 3】
「春日隊員……」
私の声は震えていた。
目の前の男から放たれる霊気は、夏の湿った空気をナイフのように切り裂き、私の肌に無数の微細な傷をつけるような錯覚さえ覚えさせる。
「お前らが殺らねぇなら二人とも俺が殺る。そこを退け」
事務的な、あまりに事務的な宣告。
彼にとって、目の前で苦しむ少女を殺すことは、道端のゴミを掃くのと同義なのだ。
その残酷さに、私の奥歯が鳴った。
「っ……!待って下さい……!この子を倒してしまったら、元人間を殺したことになるし、倒れている子だって、まだ目を覚ましていないんだから影厄かもしれない。
それでもG.H.O.は構わないんですか」
「あぁ。そいつはもう人じゃない。倒れている奴も、人じゃなければここら一帯が危うくなる。
目の前の命を救う為に殺すなら安いものだ」
「命を値踏みし、切り捨てることが、貴方達の正義なんですか……!」
叫びは、夜の渋谷のビル群に吸い込まれ、消えた。
「私だって、見ず知らずの厄霊ならすぐに片付ける!……でも……もう見ちゃったから……。
人間の姿を見ちゃったから……私は……」
「なら、そいつを人間として生かしたまま処理する方法があるのか?あ゙?」
「……っ、そんな異能力は……ありません……。でも……っ、貴方達の考えは正しくない。
それは私と公が一番知ってる」
「……皐月」
喉の奥が熱い。悔しさと無力さが混ざり合い、視界が滲む。
公が、私の前に一歩踏み出す。
その背中は、いつになく冷え切って見えた。
「……公?」
「春日隊員」
「?」
「すみません、今の僕らじゃこの厄霊は手に負えない。今回はお任せしてもよろしいでしょうか」
「公……ッ!」
「皐月。春日隊員の質問にすら答えられない僕らじゃ、無理なんだよ。救いたいって思いだけで救えてたら、今頃霊なんて存在しない」
言葉が出なかった。正論という名の礫が、私の胸を正確に貫く。
無力な私たちは、ただ処刑を見届けることしか許されないのか。
「ッ……」
「……わかった。最小時間で済ませる。〝反逆〟」
春日が指を鳴らした瞬間、大気が爆ぜた。
視界が歪むほどの圧力。
抵抗する間もなく、厄霊と化した少女の輪郭が、内側から裏返るように収束していく。
断末魔さえ許さない、完璧な「排除」。
それが国家の、G.H.O.のやり方なのだと思い知らされる。
―――ああ、こうして私は「個」を切り捨てる世界に慣らされていったのだ。
三年前のあの日、この光景を、私はどんな目で見つめていたのだろう。
しかし、その静寂を破ったのは、もう一つの異変だった。
「うっ……」
塵となった少女の傍ら、絶命したと思われていたもう一人の少女が、ゆっくりと上体を起こした。
「……!もう一人の人が起きて……!」
「あれ、ここ……どこ……?」
「……え、」
「あ、貴方達は……?」
人ならざる力を宿しながら、人の心を失わなかった存在。
その泥中の蓮のような奇跡を前に、少女は虚ろな瞳で私たちを見上げた。




