第1話 女神、いい仕事の意味を履き違える
目を開けた瞬間、白かった。
上下も左右も分からない、病院の天井とも違う、やけに神聖そうな白。
ああ、これ――死んだやつだ。
「はいはーい! お疲れさま~!」
やけに軽い声が響いた。
視界の中央、いつの間にかそこに立っていたのは、金髪碧眼、やたら露出度の高い服を着た美女だった。
頭の上には、分かりやすく輪っか。
背中には、これまた分かりやすく羽根。
テンプレすぎる。
「えっと……女神、ですか」
「そ! 正解! 異世界転生担当女神でーす!」
担当制なんだ、と思った。
俺はついさっきまで、現代日本で普通に働いていた。
残業続きのプロジェクト、終電帰り、横断歩道。
トラック――ではなかったが、まあ結果は同じだ。
「では、転生の説明を……」
「あ、その前にさ!」
女神が、ぐっと距離を詰めてくる。
「あなた、いい仕事するよね?」
「……は?」
唐突すぎた。
「周り見てさ、フォロー入れてさ、最後まで投げないでさ!
地味だけど、めっちゃ助かるタイプ!
私、そういうの大好き!」
知らんがな。
「それでね! 決めたの!」
嫌な予感しかしない。
「あなたには、異世界でも
いい仕事してもらいます!」
満面の笑みだった。
「いや、まあ……生き返れるなら、多少は」
「うんうん! だからユニークスキル、用意したよ!」
来た。
ここで選択肢とか説明があるはずだ。
「能力は?」
「これ!」
女神が指を鳴らす。
⸻
ユニークスキル
《デスマーチ(Death March)》
⸻
文字だけが、空中に浮かび上がった。
「……物騒じゃないですか?」
「いい名前でしょ!」
よくない。
「効果はね~
やると決めたら、やり切るまで能力が上がり続けるの!」
ふむ。
「ただし」
ほら来た。
「疲労は二倍!
しかも、強くなるほど、ちゃんとしんどい!」
「……それ、ブラック労働じゃ」
「でもさ!」
女神は悪びれない。
「あなた、そういうの得意でしょ?
途中で投げないし!」
それは、美徳じゃなくて性分だ。
「能力の上昇量は?」
「疲労度に比例!」
最悪だ。
「つまり、頑張れば頑張るほど……」
「そう!
いい仕事した分だけ、強くなる!」
満足そうに頷く女神。
俺は、嫌な予感しかしなかった。
「ちなみに、解除は?」
「できないよ?」
即答だった。
「パッシブだから!」
「……女神様」
「なに?」
「俺の言う“いい仕事”って、
気配りとか、段取りとか、無理しない範囲で――」
「分かってる分かってる!」
女神は手を振る。
「最後までやるやつでしょ?
倒れるまで!」
分かってない。
完全に噛み合っていなかった。
「まあまあ!
異世界ではモテるよ?
聖属性だし!」
「聖属性?」
「うん!
神スキルだもん!」
さらっと爆弾を投げてきた。
「え、それ、目立ちません?」
「え?
まあ、学院とか行けば
ちょっと騒ぎになるかも?」
ちょっとで済むはずがない。
「じゃ、転生先だけど!」
女神はもう次に行っている。
「公爵家の長男!
放置されてるから楽だよ~!」
「放置?」
「ボンクラ扱い!
期待ゼロ!」
ひどい。
「でも執事とメイドは超有能!
安心して!」
嫌なフラグが次々立つ。
「年齢は?」
「16歳!
今日、魔法学院の入学式!」
忙しいな。
「じゃ、頑張ってね!
いい仕事、期待してる!」
「ちょ――」
言い終わる前に、視界が反転した。
⸻
次に目を開けた時、
天蓋付きのベッドの上だった。
「坊っちゃま、起床のお時間でございます」
渋く落ち着いた声。
視界の端に、完璧な姿勢の老執事が立っている。
「本日は、国立魔法学院の入学式。
くれぐれも――」
一拍置いて、こちらを見た。
「公爵家の名に恥じぬ振る舞いを」
胸の奥で、何かが軋んだ。
その瞬間、理解する。
ああ、これ――
やると決めたら、やり切るやつだ。
しかも逃げ道は、ない。
頭の片隅で、女神の声がした。
(さあ、いい仕事しよ?)
俺は、深く息を吸った。
――これは、
俺の知っている「いい仕事」とは
たぶん、違う。




