クリスマスのカウントダウン
思いついて、初めて書いてみました。
よろしくお願いいたします。
12月25日、日本中が輝いている中でも、この場所は特別かもしれない。
普段この街に来ない人達や観光客が、瞬間を切り取ろうと、途切れることなく歩道を埋め尽くしている。
「1年早かったなぁ」
白い雪がふわり、ふわりと降り出した景色の向こうに東京タワーを捉えながら、強張った肩の力が抜けていく。
横断歩道を抜けて、目的のホテルはすぐそこ。
今夜は恋人の健が、ディナーを予約している。
「美也」
仕立ての良いカシミヤコートを着た彼の姿に、数人の女性たちが振り返った。
「遅かったかな?」
「俺が待ちきれなかっただけ、充分余裕があるよ」
なんとなく空を見上げると、ビルの合間に切り取られた空から降る牡丹雪が、時を遅くする仕掛けのように感じる。
健が私の顔を覗き込んで、そっとエスコートしてくれる。
(こういう時間っていいな)
2人は慣れた足取りで喧騒から離れていった。
軽やかなエレベーターの開閉音とともに、眩しいほど白で統一された、メインダイニングの入り口が目に飛び込んだ。
予定より30分早く着いた私たちに、クロークの男性が一瞬の間を見せた。
「横のバーで一杯飲んでから入りたいので、声をかけてもらえますか?」
「承知いたしました。お席のご用意が整い次第、お声がけいたします」
健が私の腰に手を当てた。
「何飲む?」
「マティーニ」
「俺はバーボンだな」
バーは、照明が少し落とされた空間で、狭くはないけど、秘密の場所めいている。
バーテンダーに会釈して、入り口からほど近いカウンターに並んで腰掛けた。
「……乾杯」
どちらからともなくグラスを合わせる。
店内に流れるジャズの話をして、あっという間に時間が過ぎていく。
2人で笑い合っている途中で、笑顔のままの健が、スーツの下の白い袖を少しずらして、腕時計を確認した。
そろそろ時間?
「お席のご用意が整いました」
案内されたのは、ゆったりとした窓際の席だった。
(今夜こそ、美也にちゃんと話さないといけない)
「どうしようか、アラカルトでいいかな」
美也がメニューを開くのを見て声をかける。
「そうだね。健はワイン決めて、赤がいい」
美也が好きなカベルネ……
(焦らず。様子を見て、切り出そう)
「ねぇ、雪積もるかな?」
「今夜は風邪ひかないようにしないと」
たわいもない会話をしながら、時間が気になる。
バーで確認した時は、あと50分だった。
(店内が賑やかになる前に、話しを終わらせたい)
ウエイターが料理を並べた後に、ワゴンから小さなスノードームを一つ選んで、ことりとテーブルに置いた。
「雪の日のサービスです」
どうやったのか、本物の雪を閉じ込めて作ったらしい。
「食事が終わる頃には楽しめますよ」
その言葉に、彼女が控えめに笑った。
——いいな。
「最近、仕事はどう?」
サラダをつつく手を止めて、美也が俺をみる。
「何、急に? ……今は落ち着いてるけど、春頃に新しいプロジェクトを任されそう。忙しくなるかも」
「そうか、美也はトリリンガルだし、そりゃ重宝されるよな」
「言葉だけ喋れてもね」
彼女らしい返しに、心の中でうなずく。
「ねー、健、あとでデザート頼んで良い?」
「珍しいね、気になったのあった?」
「イヴだし」
「確かにな、……ホワイトイヴ」
まだ溶けきっていない真っ白なスノードームをつつきながら言ってみる。
「何それ、変な言葉」
あははと笑う顔は、気取りのない俺の前だけで見せる顔だ。
(……言うなら、今だ)
「こんな夜は、何か——」
「失礼致します。お飲み物のおかわりをお持ちいたしましょうか?」
割り込んできたウエイターに、救われたのか、邪魔をされたのか。
「何にする? 俺はバーボン、ダブルで。チェイサーと一緒に頼む。美也は……」
「私は、シャンパンにしようかな」
「かしこまりました」
その姿を横目に、美也に視線を戻す。
「何?」
「いや、今日のドレス似合ってるね」
「ありがとう。偶然、健のポケットチーフの色とお揃い」
彼女が胸元に手を当てて、また微笑む。
戻ってきたウエイターが酒をサーブしながら、美也に今夜の特別を伝える。
「あと15分ほどで生演奏が始まります。ごゆっくりお楽しみください」
——15分。
「あ、一緒にデザートも頼めば良かったかな」
「いいよ、これ飲みながらゆっくりする」
泡立つシャンパングラスを手に、美也が俺を見る。
「そうだな…」
生返事。
しまった、こう言う時の美也は異様に勘が良くなるんだ。
「健、私に何か話があるんでしょ」
「え?」
無意識に、グラスを煽った。
美也は何も言わず、じっと待っている。
「……来年の春、異動が決まった」
「どこへ?」
「ロンドン」
「へえ……で?」
スノードームの雪が、音もなく溶けて、中のグリッターがふわりと舞った。
「美也も一緒に来て欲しいんだ」
「まず一つ聞きたいんだけど、その内示はいつ出たの?」
「ちゃんと出たのはまだ…」
「あなたの会社、海外赴任が突然知らされるわけないよね?」
さて、どう返すのが正解だ?
思考が一気に走り出す。
背後で、ステージに上がった楽団員たちが音合わせを始めた。
「私の仕事のこと、考えた?」
「ごめん、伝えるタイミングを迷ってて」
「……あなた、仕事でそれを迷うことなんて、あるの?」
「確かに——」
「マンションはどうするの?」
「それは大丈夫だよ、不動産屋に軽く話してある」
「つまり、私に話すのは不動産屋の後?」
美也のスイッチが入ってしまった。
♪ All I Want for Christmas Is You ——
歌声が流れた瞬間、レストランがクリスマスに包まれていく。
煌めく照明、香りたつ料理と、人々の笑い声。
ウエイターが忙しくテーブルの間をすり抜けていく。
天井の小さなミラーボールが、テーブルに光の彩りを描いている
「これは“相談”じゃなくて、決定事項の同意取りだよね?」
「ど、どうかな……」
「私はどう言う立場でついていくの?」
私の言葉に、健がハッとしたように見つめ返した。
その目が、真っ直ぐで、逃げ場がない。
これはダメだ、健はずるい。
「美也、結婚してください」
「……石は自分で選びたい」
健は一瞬だけ時計に視線を落とし、
それから、同じ目で、私を見た。
「今から、見に行こうか」
テーブルのスノードームのグリッターが、キラキラと舞い落ちる。
窓の外、牡丹雪はまだ止まない。
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おしまい
Merry Christmas
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疋田健28才・加藤美也25才 美也は早生まれなので二学年差。
どの店に行くか、カルティエかなー。美也はどんな石を選ぶでしょう?
年月を経て、健が贈るリングを重ね付けていく。細い主張のないリングとか、パヴェとか?日常的につけるかどうかはわからないけど、エンゲージつけてる日はニマついてる。可愛い美也。




