炊事のひと時
それから毎日、ライサンダーは海に潜った。海に潜れば、父さんと母さんに会えるかもしれない。会ったら何を話そうか、母さんは最後に生意気な態度を許してくれるだろうか、そんなかすかな希望を抱きながら、ライサンダーは潜った。それでもやっぱり父さんと母さんが、姿を見せてくれたことはない。
成長した、今ならわかる。あれはただぐずる自分の子供を納得させるために言ったのだ、と。
「そうだ、ライサンダー。今日夕飯家で食べる?あの人、今日大漁だったみたいで、わたしたちだけじゃ食べきれないのよ」
「えっ、いいの?」
「ええ、もちろん」
やった!!クリムの料理はとてもおいしい。できるなら毎日食べたいぐらいだ。流石にそれは申し訳ないと思って、普段は自分で食材を取ってきて食べてるけど。
「二人とも早すぎるよぉ」
「そんなに急がなくたってよかったじゃない」
息をはあはあ言わせながら、ようやくフランシュとベティが炊事場に到着した。二人とも顔を真っ赤にしている。
「おう、二人とも。遅かったじゃねぇか。そんで、どっちが勝ったんだ?」
二人の近くにいる漁師がやけに食い気味に二人に聞いた。そんなに子供同士の遊びの結果が気になるのはなんでだろう?
「勝ったのは・・・・・・ライサンダー!!」
二人が声を合わせて、宣言すると炊事場にいた男たちが、あるものは歓声を上げ、あるものは頭を腕で抱えた。
「だから言ったろう。ライサンダーが勝つって」
「そんなこと言ったって。今日タレッサ言ってたぜ。今日は絶対に負けない。とっておきの秘策があるんだって」
「ライサンダーが見破ったんだろうよ、その秘策とやらを」
「あいつ、親父と違って頭が回るからなぁ」
そんな会話をしながら、男たちは金を渡したり、もらったりしているようだった。そんな光景をしばらく見て、ライサンダーはピンときた。
「まさか・・・・・・12の子供のかくれんぼの勝敗にお金かけてたの?」
ジト目でアズバンを見上げれば、アズバンはばつが悪そうな顔をしてごまかすように笑った。
「ハハハ・・・・あいつらが盛り上がっちまってな」
「あなた、ごまかさないで。もう、本当に何考えてるのよ」
「で、お父さんはどっちにかけてたの?もちろん私の勝ちによね?」
身を乗り出し、口をもごもごさせながらタレッサが聞いた。
「あなた?まさか自分の子供の遊びを賭け事の道具にはしないわよね?」
「いや、俺はかけてないぞ。本当に、本当だって。クリム。だからその顔はやめてくれ」
クリムは拳を上げ、アズバンをにらみ、今にも殴りかからんとするような表情だ。多分今のクリムに会ったら凶暴な海の化け物、グンバも尻尾を巻いて逃げ出すと思う。
怒られていないはずのタレッサでさえ、顔が青くなり、今にも母に土下座しそうな勢いだ。本当に悪いことをしたらああいう感じで雷を落とされているのか。
少しだけタレッサが、かわいそうになった。
「本当に?」
「本当です。本当だって。何ならあいつらに確認してみろよ」
「そうね・・・ねぇ、うちの人ってその賭けに乗ってないわよね?」
クリムが口の周りに手を当てて、金を集めている男連中に聞いた。
「ああ、なんか途中までは割と乗り気だったけど、急に青い顔になって俺はやめとくって・・・・・」
だんだん禍々しいオーラのようなものがクリムの体から放出されているような気がする。あれ、クリムって昔絶滅したはずの魔法使いの末裔だったりするのかな。
遠くにいるはずの彼らにもオーラのようなものが見えたらしく、顔が引きつっているのがわかった。そしてなぜ、そんなことになっているかの理由も思い当たったらしい。
「いや、まぁ、クリム。結局アズバンはやらなかったわけだから・・・・・」
「・・・・・そうね」
クリムはもう彼らには用はないらしく、くるりとこちらを向いた。彼らはしばらく凍り付いたようにこちらを見ていたが、もう自分たちに矛先が向かないとわかると、先ほどより若干静かになって金の受け渡しを始めた。
「待て、待ってくれ。クリム。俺はやらなかった!そこに、あの、情状酌量の余地を認めてくれても」
「そうね。確かに。でも一瞬やろうとしたことは、事実みたいだから・・・・」
その直後、ボンという大きな音が聞こえた。クリムがアズバンの頭を殴ったのだ。ただ少し加減はしたらしく、アズバンは痛がりこそすれど気絶はしていない。
本気で殴れば屈強な海の男であるアズバンでさえ、一撃ノックアウトだ。一回その現場を見たことがあるが・・・・とても恐ろしいものだった。




