ライサンダーとタレッサ
「タレッサのやつ、どこ行ったんだろう」、
一人の少年、ライサンダーは海の中を泳ぎながら、辺りをキョロキョロと見渡した。その度に、特徴的な銀髪がゆらゆらと動く。相変わらずタレッサは、かくれんぼがうまい。普通じゃ入り込まないような、岩場の隙間にするすると入ったり、誰も知らないような秘密の場所を知ってたりするのだ。
でも、残念。ここ数回は秘策を使って、タレッサを見つけ出しているのだ。
「やぁ、ファンプク。タレッサのやつ見なかったか?」
ファンプクは、スイチョウだ。その青く細長い、水を泳ぐのに適した体で、海の中を縦横無尽に駆け回り、スーファみたいな獲物を捕らえたり、大人たちの漁の手伝いをしている。
シャガル族の男は、大人になればスイチョウに乗って漁をしたり海に潜ったりする。それが出来て初めて、一人前の男になれるのだ。
「おっ、ライサンダー。悪いがその質問には答えられねぇな」
「えっ、どうして」
「タレッサが海の奴らに呼び掛けたんだよ。ライサンダーが私のことを聞いてきても、絶対無視してねって」
「嘘だろ」
タレッサのやつ、とうとうこっちの作戦に気づいたな。ならば作戦その2だ。
「ファンプクぅ、あとでお前の大好物のスーファ分けてやるからさぁ。教えてくれよ。それに、俺ら生まれた時からの仲だろう?前、言ったろう。俺がスイチョウ乗れるようになったら、その時は絶対お前を相棒に選ぶって」
「・・・・まぁ、確かに俺とお前は親友だ。大切な仲間だ」
一瞬迷うような表情を見せたファンプク。
これは、勝った。長年の経験がそう言っている。
タレッサのやつ、もう少し考えるべきだったな・・・
「だが、タレッサも俺の大切な仲間だ。仲間を裏切ることはできない。それにタレッサから、秘密にしといたらスーファ10匹あげるって言われてるんでな」
そう言って、ファンプクはにんまりと笑った。その笑顔があまりにも人を馬鹿にしたような顔なので、思わずぶん殴りたくなった。
「なんだと」
「そういうわけで。悪いな!!」
「おい、ファンプク!!待てぇ!!!」
当然そんな声など無視し、ファンプクはあっという間に海の向こうへと泳ぎ去ってしまった。
「どうすっかなぁ・・・・」
ファンプクですら教えてくれないとなると、他の海の生き物たちも教えてくれるとは思えない。大体、海の生き物たちはなぜかタレッサには態度が柔らかいのだ。
もちろん自分も海の生き物たちとは仲が良い。しかし、何と言うべきか・・・ライサンダーへの態度が親友に向けるものだとするなら、タレッサに対してはまるで、こう、好きな人に話しかける・・みたいな感じなのだ。
いや、待て、落ち着け。今はかくれんぼ中だ。早くタレッサを見つけなければ。作戦が通じないのであれば、タレッサが隠れそうな場所を考えればいい。
タレッサは俺の作戦を封じたと思って、いい気になっているはずだ。つまり、油断がある。
タレッサは油断すると、割と近場に隠れがちだ。
「こんな簡単な場所にいたのに気づけなかったのね。馬鹿」
と言いたいからだろう。と、なれば・・・・
ライサンダーは方向転換し、浜辺に向かって泳ぎ始めた。ファンプクほどではないが、泳ぎにはそれなりに自信がある。5分ほど泳いだところで、浜辺が見えてくる。その近くには少し大きめの岩場がある。大人だったら入れないが、子供が隠れるには充分だ。
「よう、タレッサ。考えたな」
蒼の目を細めて、岩場を覗き込めば、そこには息を殺し、膝を抱えて隠れているタレッサの姿があった。ライサンダーの声を聞いた瞬間、タレッサはびくっとしてこちらを向き、口を半開きにしている。水の中で赤髪がたなびいている。
程よく日に焼けた肌、きれいで、ライサンダーと同じ色の蒼の目、口を半開きにしている今の表情と、本人のすぐに手が出る性格を除けば、割と美人の部類に入るとライサンダーは思っている。
「は?ライサンダー。なんであんたここが・・・・まさかファンプクが・・・」
「ファンプクは何も言わなかったよ」
「じゃあなんでわかったの?」
「秘密だ」
指を立てて、いたずらっぽく笑えば、頬に衝撃が来たと思ったら、世界が一回転した。どうやら自分は殴られたらしい。
「何すんだよ!」
「ふん、あんたが得意げな顔してると殴りたくなるのよ」
「思っても、実際にやるなよな。あー、痛い」
「ほら、早く上がるわよ」
タレッサが手を差し出してくる。
「そうだな」
タレッサの手を取り、二人は一緒に陸に上がった。
陸に上がると、真っ先に飛び込んできたのは二人の元に向かって走ってくるフランシュとベティだった。フランシュは大人顔負けの力を持っており、族内腕相撲大会で4位に入った実績を持っている。
ベティは手先が器用で、漁でとれた動物の皮なんかを加工して、商人に売ってたりする。2人ともタレッサ、ライサンダーと同じ年で、幼い時から4人はずっと一緒だ。
「ねぇねぇ、どっちが勝ったの?」
ベティが黒色の瞳を輝かせて聞いてきた。ベティを見るたびに、ライサンダーは腰まで伸ばしている髪の毛が邪魔じゃないのかな、と思う。
ベティの髪はきれいな黒、肌は透き通るような白、琥珀色の目で文句のつけようがない見た目だとは思うが、唯一髪の毛の長さだけがいつも気になった。
「もちろん、俺に決まってるだろ」
「何がもちろんよ」
今度は頭を殴られた。タレッサの拳はやっぱり重い。この華奢な体のどこにそんな力があるというのか。
「やめなよ、タレッサ。ライサンダーがかわいそうだよ」
「フランシュぅ。お前はほんとにいいやつだ」
フランシュは体も大きく、力も強いのにいつもどこかおどおどしている。それでも誰よりも優しいし、何より雰囲気が和む。タレッサでさえ、フランシュの優しい緑の瞳と、穏やかな声に諭されたら、ばつが悪そうな顔をした。
「ごめん・・・・・・」
「お、おう。別に・・・大丈夫だ」
いざこうして、しおらしく謝られるとなぜか居心地が悪い。殴られるよりはいいが、これはこれで調子が狂う。
「そうだ、フランシュ。結果伝えにいかないと」
顔の前で手を合わせて、ベティが言った。
「忘れてた。二人もおいでよ。そろそろご飯の時間だからさ」
「本当?私おなかペコペコだったのよね」
「言われてみれば俺もだ」
「じゃあ誰が一番先に着くか競争ね。よーい、ドン!!」
タレッサはそう言って勝手に競争を始めてしまった。
「あっ、おい。ずりーぞ。待て!!」
ライサンダーが慌てて後を追い、その後をフランシュ、ベティが続く。
「早く来なさいよー。ここまでおいで―だ」
「待ってよぉ。二人とも」
「そんなに急がなくたって、ご飯は逃げないわよぉ」
フランシュとベティの声を後ろに聞きながら、ライサンダーはタレッサを追いかけた。




