第四十九話:見上げた空
湊が旅立ってから、最初の朝。
目覚めた柚の隣は空虚だった。シーツの冷たさが、昨日の確かな体温とのコントラストを際立たせる。
だが、柚はベッドから起き上がると、静かに微笑んだ。
(寂しい。けれど、怖くはない)
その感覚は、まるで、透明な繭の中で守られているようだった。湊はここにいないが、彼との信頼が、柚の魂の部屋の窓を開け放ち、新鮮な空気を送り込んでいる。
柚は、自分の部屋に戻り、窓を開けた。
都市の空気は、地方の清澄さとは違う、微かな埃と湿気を含んでいたが、柚にはそれが「生きている世界」の匂いとして感じられた。
彼女は、静かに空を見上げる。
高層ビルに切り取られた小さな空。雲は流れていく。
そのとき、強い風が吹き、柚の髪を大きく、しかし優しく揺らした。
風は、柚の頬を撫で、襟元から入り込み、身体の内側を通り抜けていく。
その触覚を通して、柚は深い、深い安堵を覚えた。
(ああ、私、愛されている)
それは、湊からの愛だけではなかった。
風が私に触れること。光が私を照らすこと。空気が私を生かしていること。
柚を突き放し、冷たい沈黙を与え続けたと思った世界は、本当は、優しく、ただ無言だっただけなのだ。
風が髪を揺らすたび、柚の心が静かに呟く。
「大丈夫」
孤独は、もはや責め苦ではなく、個として立つための、静かな土台になっていた。
柚は、風が通り過ぎるのを待たず、自ら進んで風の中に顔を晒した。
彼女は、誰にも依存することなく、世界という名の大きな愛の真ん中に、確かに立っている。
柚の心に、孤独と愛は、もはや対義語ではなかった。
孤独は、愛の静かな受け皿。そして、愛は、孤独を温かく満たす光の粒だ。




