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月の声を聴く夜  作者: 山川海雲
第五章:朝の祈り ― 再生と希望
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第四十八話:別れの朝

 夜が明け、冬の光が窓を白く染めていた。

 今日は、湊が新たな撮影のために、数日間、遠方へ旅立つ日だった。

 以前の柚ならば、この別れの瞬間を、心の底からの恐怖として迎えていただろう。愛する人が離れることは、愛を失うことと直結していたからだ。

 だが、今朝の柚の心は、穏やかな静けさに包まれていた。

 食卓には、柚が淹れた熱い紅茶の湯気が、白い息のように立ち上っている。

 湊は、大きなリュックを背負い、いつものように照れた顔で、柚に向き直った。

「じゃあ…行ってきます」

 彼は、心配そうな瞳で柚を見つめた。「寂しい」と柚が言えば、彼はきっと、その言葉を重く受け止めるだろう。

 柚は、その湊の不安げな瞳を見て、微笑んだ。その微笑みは、作り物ではない、心の底からの、柔らかい光だった。

「行ってらっしゃい、湊」

 柚はそう言って、一歩前に出て、彼のコートの襟を、そっと整えた。

 指先が彼の首筋に触れる。その一瞬の体温の交換が、言葉以上の意味を持っていた。

「気をつけてね。無理しないで、湊らしい写真を撮ってきて」

 彼女の言葉には、「早く帰ってきて」という依存の願いは、含まれていなかった。そこにあるのは、「あなたの存在を心から信頼している」という、成熟した愛の静かな肯定だった。

 湊は、安堵と喜びが混ざったように、はにかむような笑顔を見せた。

「行ってきます。…すぐ戻りますから」

 そして、彼は、柚の額に、光のような短いキスを落とした。

 ドアが閉まる音。

 沈黙が、部屋に戻ってきた。

 しかし、その沈黙は、もはや孤独の音ではなかった。それは、信頼という名の、見えない糸が、柚と湊をしっかりと繋いでいることを示す、確かな鼓動だった。

 柚は、彼の姿が見えなくなった玄関で、深呼吸をした。

(大丈夫。彼は、私の中にいる)

 愛は、傍にいることではなく、信じ合っていることだと、柚は今、深く理解した。

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