第四十二話:白い息
夜明けからしばらく経ち、部屋の中は冬の光に包まれていた。
湖畔の冷気が窓ガラスを冷やし、障子越しに見る景色は、薄い氷の膜を纏っているように見える。
湊が目覚め、先に身支度を始めた。彼の動きは、いつものように少し不器用で、そのたびに、柚の心には愛おしい波紋が広がった。
柚が布団から出ると、肌に当たる空気が、刺すように冷たい。
湊が、火鉢に静かに炭を足す。その間に、柚は窓を開け、大きく息を吸い込んだ。
「寒いですね」と柚が言うと、白い湯気が、吐息となって空中に立ち上った。
湊も隣に立ち、白い息を吐く。二人の「白い息」が、重なり合って、一つになって、空の青さに消えていった。
湊は、柚の隣で、穏やかに笑った。
「柚さんの息、あったかい色に見えます」
彼は、視覚的な色ではなく、内面の温度を捉えようとしていた。
柚は、自分の掌に息を吹きかけた。
(あの頃の私は、この息を冷やす空気のように、いつも冷たかった)
(誰にも、その冷たさを知られるのが怖くて、ずっと胸の奥に閉じ込めていた)
彼と触れ合った体温は、柚の身体に、持続する熱を与えている。だからこそ、今、外気の冷たさが、柚の内側の温もりを、より際立たせていた。
「湊くんの息は、透明ですよ」と、柚は言った。
それは、湊の心の透明さを指している。柚の凍った過去と、湊のまっすぐさ。その対比が、奇跡的な調和を生んだ。
湊は、柚の冷たくなった手を、自分のポケットにそっと入れた。
湊は、柚の手を握りしめ、静かに答えた。
「僕の温かいところは、柚さんに全部あげます」
彼の言葉は、飾りがなく、雪解け水のように澄んでいた。
柚は、彼の瞳を見つめた。その奥に、無限の透明な愛が揺れていた。
白い息は、やがて薄れて消える。しかし、二人の手のひらから伝わる確かな体温だけが、この冬の朝に、永遠に存在し続けた。




