第四十一話:朝露
夜明け。
柚は、カーテンの隙間から差し込む、淡い、乳白色の光の中で、ゆっくりと瞼を開けた。
昨夜、世界が止まった瞬間から、時間は再び動き出している。しかし、その流れは、以前の孤独でせわしない時間ではなく、湖畔の風のように、どこまでも穏やかだった。
隣には、湊が眠っている。
彼は、仰向けになり、深い寝息を立てていた。その表情は、普段の不器用な犬のような顔ではなく、無防備な、幼い魂の安堵を示していた。
柚は、身体を起こさず、そっと湊の顔を眺めた。
朝の光が、彼の頬の産毛を、朝露の粒のように、繊細に照らしている。
(ああ、この人)
(この人が、私に、愛されることを教えてくれた)
柚は、自分の胸に手を置いた。
以前、常に冷え、欠けた器のように感じていた胸の奥が、今は、底まで温かい水で満たされている。それは、熱い恋情ではなく、生きていることの静かな幸福だった。
湊の寝息が、一つ、一つ、空気を震わせる。
その音は、柚の耳には、「すべては、大丈夫だ」と語りかける、世界からの肯定のメッセージのように響いた。
柚は、指先で、そっと湊の眉間の皺に触れた。彼は、柚の愛を受け入れることで、自分自身の重荷もまた、解放されたのだろう。その安らかな寝顔に、柚の心は、言いようのない愛おしさで満たされた。
彼女は、初めて、愛を「受け取る」と同時に、愛を「与える」という、生命の循環を感じていた。
昨夜、彼と溶け合った瞬間、柚の中に愛された記憶が生まれたのではない。
そうではなく、彼女自身が、愛そのものであり、彼の優しさを鏡として、その真実に気づいただけなのだ。
窓の外の景色。濡れた木々、まだ霧を帯びた湖。それらすべてが、柔らかな光に包まれている。
(もう、逃げなくていい)
柚は、心の中で、静かに呟いた。
「もう、私は、孤独という名の逃げ場に、隠れなくてもいい」
彼女の目から、一筋の雫が、朝露のように、静かに枕に落ちた。それは、過去との別れの涙であり、再生の喜びの露だった。
柚は、湊の横顔に、そっと自分の頬を寄せた。
皮膚一枚を隔てた、彼の体温。
それが、柚にとって、何よりも確かな、世界のすべてだった。




