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月の声を聴く夜  作者: 山川海雲
第四章 月の声 ― 魂の交わり
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第二十二話:月の下の写真

 湖畔での撮影を終え、日が傾き始めた頃、二人は予約していた小さな宿の一室に戻った。部屋には窓があり、真正面に静かな湖面が見えた。

 湊は、すぐにパソコンを開き、今日の写真を確認し始める。彼の指がキーボードを叩く音だけが、部屋の静寂を揺らしていた。

 柚は、自分のための仕事ではないにもかかわらず、彼の隣でそっと画面を覗き込んだ。

「あ、これ」

 湊が指さした一枚の写真に、柚の視線が釘付けになる。

 それは、先ほど、風が吹く岸辺で、柚が湖面を見つめていた後ろ姿だった。髪は風に流され、体は自然の優しさに身を委ねているように見えた。

 写真の中の柚の輪郭は、夕暮れの斜光によって、輪郭全体が淡い銀色の光で縁取られていた。まるで、月の光で包まれているように。

「これ……いつ撮ったんですか」

 柚の問いかけに、湊は少し頬を赤らめ、目を逸らした。

「柚さんが、風の音を聞いている時です。…すごく、静かで、誰よりもやさしい光に包まれてるって、そう、見えました」

 湊の言う「やさしい光」とは、単に夕日のことではない。それは、柚が、自分自身の孤独と、世界の美しさを静かに受け入れている、内なる光のことだと、柚は直感的に理解した。

 これまでの柚の写真は、仕事用の冷たいものか、元恋人たちからの「所有欲」の現れたものしかなかった。それらはいつも、柚を「モノ」として捉えていた。

 しかし、この湊の写真には、何の欲も、評価もない。ただ、存在そのものへの尊敬と、深い愛だけが宿っていた。

 柚の目から、音もなく、熱い涙が溢れた。

(私…こんなに、やさしい光で包まれていたの?)

 「愛されたことがない」と、心の奥でずっと感じてきた。その欠落を、湊は、言葉ではなく、光の粒として、目の前のデジタル画面に提示した。

 柚の涙がキーボードに落ちそうになり、湊は慌ててタオルを探そうと立ち上がる。

「あ、す、すみません!泣かせてしまって」

「違うの」

 柚は首を横に振った。

「…泣いてない。戸惑ってるの」

 柚は湊の腕をそっと掴み、その手を、自分の涙が濡らした頬に寄せた。湊の手は大きく、温かかった。

「私、愛される自分を、ずっと想像できなかった。でも、湊さんが、私が愛されている姿を、写真で教えてくれた。それが、怖くて…でも、すごく嬉しい」

 柚が触れた手のひらは、少し熱かった。触れられた湊は、まるで水面のように揺れ、真っ赤に染まったが、逃げようとはしなかった。

 彼の不器用な誠実さと、写真に込められた無垢な愛。

 その優しさが、柚の胸の奥の氷を、さらに深く、確実に溶解させていくのを感じた。

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