第十九話:見えない光
写真展当日。ギャラリーは柔らかな午後の光と、多くの来場者の熱気で満たされていた。
柚は湊のサポートとして、来場者の波から少し離れた場所で、静かに人々の反応を観察していた。
湊の作品は大きな賞賛を集めていた。特に、「孤独な背中の写真」の前には、人々の輪ができていた。
「この光の捉え方がすごいね。寂しさの中にある、強い希望を感じる」
「被写体の、あの静かな佇まいが心に響くわ」
そんな言葉が、柚の耳に届く。
彼らは、湊の技術と、写真に込められた「希望」を讃えている。
しかし、柚だけが知っている。あの背中が、湊自身であり、そして、あの光は、柚のベランダから見下ろした、自分と同じ孤独を内包していたこと。
あの写真に写る「静かな佇まい」は、誰かに守られたいと願いながら、それを拒絶し、自分自身で光を捜そうとしていた二人の影だった。
柚は、壁に掛かったその写真を、人々の頭越しに、じっと見つめた。
すると、湊が、そっと柚の隣に歩み寄ってきた。彼は、いつものように少し照れていて、他人の賞賛に慣れていない不器用さが見えた。
「たくさんの人が来てくれて、嬉しいです」
湊が呟いた。
「はい。皆さん、感動していますよ」
「でも」湊は、人々の輪から目を逸らし、柚だけに聞こえる声で続けた。
「あの写真の、本当の光は、柚さんにしか分からない気がします」
その言葉が、柚の胸を、深く、そして優しく貫いた。
湊は、柚の孤独を写真に撮り、その孤独が、いかに愛しい光を放っているかを、無意識に伝えたのだ。
(この人は、私が愛されなかったことさえも、赦しに変えてくれる)
他人の賞賛や、恋人からの熱烈な愛の言葉よりも、この、「この人の光を知っているのは私だけ」という密やかな事実に、柚は、自己の存在の価値を見出した。
世界と彼と、自分との境界が薄れる感覚。湊がレンズを通して捉えた世界の美しさは、彼の優しさそのものであり、その優しさは、柚の孤独さえも光に変える。
"世界そのものに愛されていた"という感覚が、柚の心に、ようやく内なる赦しとして芽生え始めていた。




