第十六話:写真の中の孤独
数日後、雨も上がり、湊から写真展の準備を手伝ってほしいと連絡が入った。
柚が訪れたギャラリーは、まだがらんとしていて、都市の静けさを集めたようだった。窓から差し込む午後の光が、埃の粒を金色に照らしている。
「ありがとうございます、助かります。柚さん、こういう細かい作業、すごく丁寧だから」
湊はそう言って、照れくさそうに頭を掻いた。
二人は、壁に展示する写真の候補を床に広げ、並べ替える作業に取り掛かった。並んだ写真には、夜明け前の水面、風に揺れる草花の影、そして、都市の片隅で、柔らかな光を浴びた独りの人間の背中があった。
その背中を見た瞬間、柚の呼吸が一瞬、止まった。
(これは…)
以前、柚が湊を初めて見かけた夜、マンションのベランダから見下ろした、夜の公園で風景を撮っていた誰かの背中。その時、柚は「見られた」という感覚から、慌てて部屋の奥へ逃げ込んだ。
しかし、この写真に写っているのは、まさしくその時の、俯いてカメラを構える、湊自身の背中だった。
柚は、自分の胸の奥がざわめくのを感じた。
「これ、いつ撮った写真ですか?」
柚の声がわずかに震えていることに、湊は気づかなかったようだ。彼は屈託なく笑い、言った。
「ああ、それですか。あの頃、夜中にどうしても撮りたくて。光が一番優しい気がして。写真をとる自分を取ってみたんですよ。タイマーで。誰かに見られて、変だと思われないかなって思いましたが」
柚は、ただ無言で、その写真を見つめた。自分は写っていなくても、その場面には一緒にいた。
湊は、彼自身の孤独を撮っていた。
二人の孤独は、知らぬ間に、一枚の構図の中で、共存していたのだ。
湊は、柚の隣に屈み込み、その写真を見つめながら、穏やかな声で言った。
「その写真、気に入っているんです。光がね、寂しそうだけど、諦めてなくて。むしろ、光に手を伸ばしているように見えて」
柚の胸は、何か見透かされたようで、動揺したが、同時に心地よさも感じたのだった。




