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魔断の剣10 砂海の魅魎姫  作者: 46(shiro)


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9/9

最終回

「わたくし、この首飾りを対で2ついただきましたの! わたくしと、そしてともにカザフへ行ってくれるミルアにと、1つずつ!」


「もしものとき用ですね。何か不足の事態が起きたときのために」

「助けてください! もしかしたらあの子も襲われているのかもしれません!

 ああ、きっとそうですわ! なんということでしょう、きっとわたくしたちのように今ごろあの化け物たちに襲われて、皆恐ろしい思いをしているに違いありませんわ!」


 頭中に展開された悪夢とも呼ぶべき光景に平静を失い、姫君はがたがた震えながらおれにしがみついてうわ言のようにくり返した。


 次々と背筋を這いのぼってくる不安。それに堪えられる者はそういない。

 まして、このときばかりは姫君のしたその最悪の想像を考えすぎだと一蹴して、安らぐ言葉をかけることもできなかった。


「ですからきっと、いつまでたってもだれもわたくしを捜しに来ないのです!

 お願いします、ミルアたちはこの首飾りに気付いておりません! どうか一刻も早くこのことを教えに――」

「言いたいことは分かります。ですが、あなたをここへ置いていくわけにはいきません」


 かといって、距離も分からないまま抱いて走るわけにもいかないとのおれのためらいをふり切るように、姫君は強くかぶりを振った。


「かまいません、置いていってください」

「なにをおっしゃいますか! おひとりでは危険です!」

「わたくし、走れずとも歩くことはできます。あの岩場まで歩いて、影でじっと身をひそめておりますわ」

「しかし……」


 それは危険すぎると再度止めようとしたおれの口に指をあて、姫君はやんわりと、それ以上おれに何も言わせようとしなかった。


「何が危険なのでしょう? 危険なことは何もありませんわ。

 だって化け物たちを呼び集める鈴は、あなたが預かってくださっていますでしょう?」


 もう決めたのだと覗き上げてくる姫君の真青の瞳には、降参するしかなかった。


 早く行ってと胸を突いてくる姫君の手に、最後の小袋と短剣を握らせる。


「彼らに鈴のことを伝え終えたなら、すぐ戻ってまいります。

 大丈夫、隊にはわたしより数段優れた退魔師たちが同道しているはずですから、あなたは何も心配することはありません」


 夜明けまでには必ず戻ってくると念を押して立ち上がったおれに、姫君はなぜか幸せそうにほほえんでうなずいた。


「お待ちしております」



◆◆◆



「――で、おれは新行路めざして走りに走り、姫君の隊を探したんだ」


 遠い目をした数瞬の沈黙ののち。やおら脇に置いてあった枝を取りあげ、3人の間にある焚き火の炎をかきあげながら、カディスは先までの言を継いだ。


「ところがそれらしい所に着いても一向に見つからない。多少距離があるにせよ、魅魎の襲撃を受けているなら相当騒がしくて耳につくはずなんだが、それもない。

 おかしいと、このとき気付けばよかったんだけどさ、めっちゃあせってたからなぁ。

 砂の上より岩場で隠れてるほうがまだ安全とはいえ、岩場自身、魎鬼を集めるって言われてる場だし。早く姫君の元へ戻ってやらなくちゃって、そればっかり頭ん中でぐるぐる回ってて。


 結局姫君の隊を見つけられず、夜明けに岩場へ戻ってきたおれがそこで見つけたのは、ぼろぼろの布きれと数片の骨のかけら、錆びきった装身具にいつの間にか懐から消えていた例の鈴と、おれの短剣だった。


 シェーラ・シエーナという名の姫がいたのは百数十年も昔で、カザフへ輿入れの途中、魅魎の襲撃に合って行方知れずになったまま、ってーのをおれが知ったのは、コナの町へ戻ってからさ。


 おれが思うに、たぶん風砂にあって岩場へたどりつき、夜幕へ戻ろうとして魎鬼とでくわしたってとこまではほんとだろうな。岩場へ隠れてやりすごしたものの、うろつく魎鬼が怖くて外へ出られなくって、そのままそこで死んだんだろう。


 よっぽど怖かったんだろうな……。おれも姫君がどこかに隠れてると確信してなかったら、きっと見つけられなかったろうなってくらい、奥のくぼみだった。

 もしかしたら、足にけがを負っていたのかもしれない」


 ふう、と深く息を吐き出し、頬杖をつく。


「砂海の魅魎姫か」


 空耳と聞き逃してしまいそうな声でつぶやいたのは、カディスの右側にいた黒髪の男・レンダーだった。


「伝説として聞いたことがある。愛する王子のもとへ嫁ぐ途中魅魎に襲われ死んだ姫君の話だ。

 王子を慕い、夜ごと砂海を渡ろうとするが、一夜では到底たどりつけない。姫君の隊は朝日とともにかき消えて、はじめの場へ逆戻りする。姫君は永遠に王子のもとへたどりつけず、そして砂漠で彼女と出会った者は魅魎に襲われ、死ぬと。

 おおかたその6匹の魎鬼の襲撃とやらも、彼女のさしがねだったのだろう」

「いつもながら察しがいいねぇレンダー。

 精砂の効用を教えた途端、効いたもんなぁ。しかも、間違った解釈で」

「つまり、おまえは自分を殺そうとした幽霊にはめられて、運よく命は失わなかったがダフを失い剣を失い精砂も失い一晩砂漠をうろつかせられた、と。――笑い話にしかならんな」


 一体今までの語りはなんだったのか……ミもフタもない概要には、カディスも苦笑するしかない。


 レンダーは、もう1人の連れのセオドアが、毛布の端で眠そうに目をこすっているのを見つけて、もう寝たほうがいいと彼女に告げた。


「イルまでまだ2日はかかる。こいつにつきあって、起きてやる必要はない」


 「すみません」と謝罪して、荷車の車軸に肩を預ける彼女の白金の髪が、火の加減で一瞬銀色に見えて、カディスは目を細める。


 かわいそうな姫君。王宮以外の場を知らず、愛も知らず、魎鬼に襲われても、恐怖を遠ざけ寄る辺とする者の名前すら持たなかった……。


 魅魎の襲撃が彼女の仕業であったのなら、どうして彼女まで襲われるだろう。あんなにもおびえる?

 おそらくあれは、死してなお彼女の囚われていた悪夢。実力もなく居あわせ、巻きこまれた者にとっては不運としか言いようがないが、しかたのないことだったのだ。彼女の魂は救われたがっていたんだから。


「おい。寝たのか?」


 うなだれたままのカディスの肩に、レンダーの手が乗る。

 その確かな重みに自分の在る場を感じて、カディスは過去との境にある厚い扉を再び閉ざし、それ以上ひきずるのをやめた。


「寝てないよ」


 にこり。いつもどおりの笑みを浮かべる。


「おれが最初の見張りだろ? おまえこそさっさと寝ないと、おれは定刻どおりに起こすぜ」


 いぶかりはしたが、あえて問おうとはせず、剣を抱き寄せレンダーも仮眠へと入る。

 ほんの数刻前、3人で6匹の魎鬼を断った。その疲れが出たのか、そう時を経てずに2人の規則正しい寝息が聞こえだす。


「いつ死ぬにせよ、待ってくれてる人がいるんだから、おれは幸せもんなんだろうな……」


 つぶやきは風に溶け、かの砂漠へと通じる夜闇の向こうへ流れていった。






『魔断の剣10 砂海の魅魎姫 了』

ここまでご読了くださいまして、ありがとうございました。


この話は『魔断の剣11 人妖の罠』の番外編の扱いとなります。『人妖の罠』の本筋と関係がほぼほぼないため、先に公開させていただきました。


引き続き『人妖の罠』のほうも読んでいただけましたらうれしいです。

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