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魔断の剣10 砂海の魅魎姫  作者: 46(shiro)


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第7回

「えーっ、と。あの、たいして違いはないです。たぶん。――よく分かりませんが……」


 と、つまりつまり、言質をとられないよう言葉を選ぶ。


 おい、笑うなよ。おれはおれなりに必死だったんだから。

 だってしかたないだろ? 実際おれは『愛する女性』なんて持ったことなかったし、エノクが生前話してた内容だって結構『そういうもんなのか?』って思うところがよくあって、それってただの思いこみなんじゃないのかなぁ? って疑ってたりもしてて、自分自身よく分からないものをどう説明すればいいのかなんて、全然分からなかったんだから。


「たよりないんですね」


 姫君は、期待という紙風船をくしゃりとつぶされたような失望の表情をして、気を損ねたと言わんばかりに背を向けてきた。


 自分だって知らないくせに。ちょっとムカつくぞ、その態度っ。


「なら姫君はどうなんですか? 王子とお会いになるのが楽しみでなく、不安で心細いのに、なぜ王子のもとへ向かってらっしゃるんです?」


 思わず口をすべったいたずら心。

 そんな、傷つけてやりたいとかいうものじゃなくて、ほんの、針の先でちょこっと突っついた程度の軽い返しのつもりだったのに。

 姫君はまたも困惑気な面で振り返った。


「――でも、めでたいと、あなたも言いました。いい国で、いい王子で、幸せになれると。みんな、うれしそうに笑顔でそう言います」

「そりゃ言うでしょうね、自分のことじゃないですから」


 って答えたあと、しまったと口をおおう。

 でも出た言葉は口の中には戻ってこない。


「……だから、でしたの?」


 姫君は心底驚いたように目を(めは)った。


「あ、いえっ。

 あなたには幸せになってほしいという気持ちが、言わせるんです。恵まれた国に()せば、きっとあなたは何不自由なく暮らせるから――」


 向かってる途中だってーのに、ここで考えを変えて「嫁に行かない」とか言い出したら大問題だ。おれのせいだと罵られて、おれの首なんか簡単に飛んじまう。

 あせって先の失言を補うおれから、姫君は目をそらした。


「でも……知らない方です。シャアル王子のことを、わたくしは何も知らない!」

「あのっ、あのっ。

 ほ、ほかの方は王子のことをどう言っておられるんですかっ?」


 感極まったように顔をおおってしまった姫君の前に回り込み、内心滝汗をかきながら尋ねた。


「――おやさしい方だと……。文武に秀で、話術も巧みで、非のつけどころのないすばらしい方だから、きっとわたくしを大切にしてくださると、父王はおっしゃいました……」


 うーん。だれでも言いそうなおためごかしだなーとは思ったが、ともかく説得するしかない。


「そういう方はおきらいですか?」


 姫君は首を横にふる。


「なら、大丈夫ですよ」

「――でも、愛せるかしら? 愛していただけるかしら?」


 知るかそんなこと、と言ってしまいたい、投げやりな気持ちを隠しておれは微笑した。


「わたしでよければ、保証します。まだ知りあって間もないですが、あなたはとても美しくて心やさしい、まっすぐな気性の姫君であるとすぐに知ることができましたし、そんなあなたが好きです。ですから、王子も、カザフの者たちも、きっとすぐにあなたを愛するようになるでしょう」


 おれの言葉に、ありがとうと小さくつぶやいて涙のにじんだ面でほほえんだ姫君を見たとき。

 おれは、その細い肩を抱きしめたがっている自分に気付いて当惑した。


 なにをばかなことを、と思い、姫君の前から一歩退いて距離をとる。その瞬間にはもう、あの衝動はなんだったのかまったく分からなくなってしまっていて、首をひねった。


 とはいえ、分からないからとずっとこうしているわけにもいかない。奇妙とは思うが考えてたって(らち)もないし。まあいーか、とさっさと保留にしてしまって、さあ行きましょうと前に促した。


 まっすぐこちらを見つめ返す真青の瞳に、銀そのもののような糸髪の、麗しの姫君。


 少し前を歩くその細い体をぼんやりと見やりながら歩いていたおれの視界に、またもやこちらへ近付く魎鬼の姿が入る。

 ほかにいないか周囲をぐるりと見回して、ため息をつきながら鞘から剣を抜いた。


「姫君。これを持ってあの砂丘の影にでも隠れて、そのままじっと動かないでください」


 魎鬼が現れたことを知らせ、荷物を渡すと魎鬼との距離をはかる。

 片足が不自由なのか、ひょこりひょこりと体を揺らしながら近付く魎鬼を待ちながら、おれは事の不自然さに眉を寄せた。


 魎鬼・妖鬼は砂漠で生まれる。大気中にたまった負の瘴気が実体化し、巣魂(すだま)と呼ばれる繭の中からやつらは這い出してくるという。そして大気に触れた瞬間から、腐敗が始まるのだ。


 それを防ぐため、やつらは生気を求めて砂海をさまようが、砂漠にいる虫などの生気では貧弱すぎて、腐敗を止められない。だから人をねらうわけだが、肝心の人の生気は夜を昼に変えるほど輝いて見えるわけでもないらしく、広大な砂の海の中、溶けただれ、崩れて生涯を終えるモノたちがほとんどだ。

 しかも、もともと群れるような輩じゃないのに、今夜に限ってなぜこうも現れるのか。


 ここが魎鬼の集まりやすい岩場だから?


 にしたってほんの数時間で5匹とは異常すぎる。そんなに多数の魎鬼が常時徘徊しているような危険な地だったら、ガザリア王だってとっくに岩場を破壊させているはずだ。


 間合いに入った魎鬼から上段でふり降ろされた爪を剣の平で受け、下にすり流しながらも、おれは偶然の一言では片付けにくいその謎について考えを巡らせていた。

 思うに、目前の戦いに集中を欠いた、その油断が悪かったんだろうな。思わぬ足攻撃に襲われ、かわしきれず額を裂かれてしまった。

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