第1回
あれは、おれが下級退魔剣士として幻聖宮を出立して1年も経ってなかったころだから、もう7年は前になるか。
知ってのとおり、退魔師は例外なく出立後2年間はどっかの国に所属してなきゃならない。
数が少なくて貴重がられる退魔剣師や上級退魔剣士はともかく、おれたちみたいな下級はそれこそイモのようにゴロゴロいるから、いざ所属先を探すとなるとけっこう大変なんだ。
もちろん退魔師自体少ないから、そうそうあぶれるやつはいないけど、だれだってできるだけ条件のいいとこと契約したいし。
『生国』っていうコネがありゃ一番いいんだけど、あいにくおれにはそれがなかった。
おれの生国は宮で訓練してる間に魅魎にやられて滅んじまった。だから、ガザリア国に所属したんだ。ガザリアは小国だけど、幻聖宮から近くて襲われにくいし、それに、おれにとって都合のいい制度をとってる国だしね。
ガザリアは、小国であるうえ貧乏国だ。
とてもじゃないが高給とりの退魔師を全部の定置に配属させられるほど裕福じゃない。だから大半の退魔師を王都に駐在させておいて、退魔の依頼が入ると王命を出し、その定置へ派遣するんだ。
もちろんそれだけじゃ後手後手になるから、そうならないよう普段から定期的に見回りをさせてもいる。
班編成され、定められた順序で砂海を渡り、主な定置に1週間~1カ月ほど滞在するわけ。1巡年のうち、3分の2くらいの期間。で、そこの長や、近隣の定置で暮らす者たちから話を聞いて、王都への要望を受けたり、前回受けたものの返答を渡したり、何か困ったことはないかと尋ね、「妖鬼の巣ができた」とか「魎鬼がよく出没して家畜を襲っている」とかいう依頼を受けて、必要に応じて退魔したりもするわけだけど――まぁなんでも屋みたいなもんだな。
王都からの使者っていう肩書だから、辺境の住民からはそれこそ不足がちな備品の注文から税への愚痴、ケンカの仲裁はては王都やよその町に出稼ぎに行ってる身内への伝言まで出してくる。
若い者はこぞって稼ぎのいい町へ出て行って、緑地や村の住民は高齢者ばかりになりがちで。そこに、毎年毎年やってきては「何か不都合はないか」と訊くから、ここぞとばかりに雑役を押しつけられるのも当然ったら当然なんだけど。
専門外の仕事が大半だし、砂海を移動するから危険は多いし、いくら残り3分の1は安全な王都で暮らせるからっていったって、それは思いがけず退魔依頼が入ったときのための待機期間ってことでちっともおちつけないし、そのくせ給料はよそとたいして変わらないってことで、敬遠される国だったとは思う。実際、競争率なんて無に等しかったし……積極的に行きたがったのなんて、おれくらいだったもんなぁ。
おれは、いろんな所へ行って、いろんなものを見たいとずっと思ってたから、剣士の才能を持ってたことと同じくらい、ガザリアに所属できたのは嬉しかった。
2年あればガザリアをひと回りできる。それが終わったら契約を解除して大陸中を回ろうって決めてたから、いつか入り用になったときのためにと、手桶の修理だとか椅子の修繕だとか、小手先技を覚えるのだって全然苦じゃなかったさ。
生国が滅びたことすら、むしろこれでどこにでも行ける権利を得たように考えていたんだ。――って、おっと。ちょっと横道にそれちまったか。わりぃわりぃ。今までがつまらなかったからって、眠るなよぉ。せっかくの冒険譚を聞き逃すなんてもったいないぞ。こっからが本番なんだからなっ。
で、問題の《《それ》》が起きたのは、おれが王都を離れて4ヵ月くらい経ったころだった。
おれは、砂漠移動用動物のダフに跨り、ク・イルク砂漠を1人で横断していた。
先にも言ったと思うけど、見回りは班編成されている。どんな手練れだったとしても1人で見回りに出されることはない。まして、最終実技に合格して出立したとはいえ、おれなんか現場じゃまだまだ見習いのひよっこだ。だから当然、王都を出発したときには3人の先輩たちが一緒にいた。それがおれ1人なんだ、分かるだろ?
みんな、途中で魘魅に襲われて、やられちまったのさ。ぺーぺーのおれは住民の退路確保や避難所での守護に回されてたから助かったというわけ。
もちろん割りあてられてた町や村も全部回りきれていない。
こういうとき、1人でも予定どおり回るか、それとも王都に伝令の早馬を出して視察自体を放棄するか、思案のしどころだが……あれから7年経ってそれなりに経験を積んだ今のおれならともかく、当時のおれはまだ尻に殻のついた見習いだ。無茶すればできなくはないだろうけど、出過ぎた行為は反感を買うだけと、規定どおり報告の義務に従って転移鏡のある町へ早馬を出して、王都への帰還の途についたんだ。
自分で言うのもなんだけど、おれってあんまり物事に動じないし神経図太くて多少のことじゃめげたりしない、いい性格してるんだよ。けど、正直このときのおれは、ちょっとばかしまいってた。
4ヵ月一緒に行動してたやつらが突然いなくなって、おれ1人になっちまったんだ。退魔師を生業としてるんだからこういう別れがくるのはあたりまえだっていうのは知ってたけど、それはあくまで知識であって『知ってるつもり』でしかなかったんだなって思い知っちゃってさ。
こういうときに直面したときのために慣れあうのはここまでにしとくべきだ、っていう感情的な距離感もつかめてなかったから、おれはずいぶんやつらに気を許してしまってた。
だから、たった1人でこの砂漠を渡ろうなんて無茶をしちまったのさ。
え? なにが無茶かって?
だからー、ク・イルク砂漠を1人で渡ることだよ。商隊とかに同道させてもらわなくて。
常識じゃんか、これ――って、あーっそうか! そういやもう完全に砂に埋もれちゃったって、前にどっかで聞いたような気がするな。だから知らないんだよ。うそじゃないって。当時のク・イルク砂漠の行路のすぐ近くには、なぜか必ず魎鬼が出没する岩場ってのがあったんだ。
魎鬼は砂漠を徘徊してるとはいえ、新鮮な生気を求めて常に移動してるやつだから、いつまでも一つ所にとどまってるわけないって?
そりゃだれだってそう思うさ。第一、砂海を渡る際の退魔師の雇用っての自体がもしものときの保険なわけで、会わない確率の方がはるかに高いんだもんな。
でも、それがそうならないからこそ不思議で、気味悪がられるんだろう?
その行路を通れば必ずと断言していいほど魎鬼とはちあわせする。いくら退魔しても追い払っても無駄で、半日と経てずにまた魎鬼が現れる。
しかたなし、行路のほうを変えざるを得なかったわけだが、いくら安全な行路に修正したって最短の行路を簡単に捨てられるやつはそうはいない。中継地とする緑地の数だって多いほうが断然楽だし。
雇用した退魔師の数や腕に自信のある商隊、もしくはその反対で余裕がなく、緑地をアテにしなけりゃいけない商隊や退魔師は、やっぱりこっちの行路を選ぶから、入り口のコナの町で2日も待っていれば同行者は現れるんだけど、おれは……1日でも半日でも早く王都に帰りつきたかった。
みんなの形見を、できる限り早く身内の人たちに手渡してやりたかったんだ。特に、今度の見回りが終われば即結婚式だと浮かれていたエノクの婚約者に、彼の遺言を伝えてやりたかった。
砂漠に魎鬼がいるのは当然だ。いつ・どこから現れるか知れないやつらへの準備は万全だし、腕に自信がなけりゃ退魔師なんてやってられない。第一、退魔師が魎鬼怖いと他人に同道を求めるなんてみっともない。出るとわかってるのならむしろ楽じゃないか――なんて、17のガキらしい、じっっつに青くさい考えで、おれはさして注意をはらいもせず、ク・イルク砂漠に出たんだ。
まさかあんなことが起きるなんて、これっぽっちも想像だにせずに。
ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
魔断シリーズはめずらしい、初めてでは? という、主人公語りのお話です。
そしてバトル物に見えて、実は日常物だったりします。
全8~10回の予定。
よろしくお願いいたします。




