第9章 社交の場の心理戦
シャンデリアの光が反射し、会場は絢爛な金色に包まれていた。
玲奈は胸元に忍ばせた小型カメラが点滅するのを感じながら、黒幕――理事長の目を見据えた。
「あなたのやっていることは、もう隠せません。帳簿も映像も、すべて外部に送ってあります。」
理事長はワイングラスを軽く揺らし、笑みを崩さなかった。
「若いな……玲奈君。権力というものを甘く見すぎだ。帳簿? 映像? そんなものは“編集”されればいくらでも形を変える。世間は、私が見せたい真実しか信じない。」
周囲の客たちは微笑みを浮かべたまま談笑を続けているが、耳は二人のやり取りに傾けられていた。
まるで舞踏会の仮面をかぶった観客のように。
玲奈は一歩踏み出し、声を落とした。
「では、なぜ今こうして怯えているのです?」
理事長の目が細くなった。
「……何のことかな?」
玲奈は淡々と告げた。
「あなたの手は震えている。グラスを落とさないよう、必死に抑えている。でも、カメラは正直です。ここにいる誰もが、その姿を見ている。」
会場の空気がわずかに揺れた。
理事長の取り巻きの一人が不安げにささやく。
「……理事長、落ち着いてください。」
理事長は深呼吸し、口元に再び笑みを浮かべた。
「なるほど。君は頭が切れる。だが、ここで私を告発したところでどうなる? この場の人間は皆、私に恩義を感じている。君の言葉に耳を貸す者などいない。」
玲奈は唇を引き結び、鞄から小さなリモートスイッチを取り出した。
「だから……私は直接“世間”に聞いてもらうことにしました。」
シャンデリアの下、スクリーンが突然切り替わり、理事長の不正会議の映像が流れ始めた。
会場のざわめきが一気に膨れ上がる。
「これは……」「理事長が……?」
理事長の顔から血の気が引く。
「馬鹿な……! この会場の回線は私が――」
玲奈は鋭く言い放った。
「会場の回線じゃありません。外にいる数千人が、今あなたの声をライブで聞いています!」
場の空気が一変した。
取り巻きの数人が理事長から距離を取り、視線を逸らした。
彼の権力の網は、静かにほつれ始めていた。
理事長は歯を食いしばり、声を低く震わせた。
「……まだ終わっていない。君は……必ず消える。」
玲奈は冷たい微笑みを浮かべ、静かに答えた。
「窮地を脱するのは、いつだって“真実”の側です。」
会場は記者と警察の突入で騒然となった。
スポットライトに照らされる中、理事長の権力は音を立てて崩れ去っていった。