第2章 罠と協力者
玲奈は歩きながら、自分の鼓動がまだ早鐘のように鳴っているのを感じていた。
「どうして……私を助けた?」
問いかけるようにスマホの画面を見つめるが、返事はない。ただ既読の青いマークだけが残された。
それでも、確かに誰かが見ている――そう思うと、不思議と足が震えなくなった。
数日後。
玲奈はひそかに安全なネットカフェで、不正の帳簿データをクラウドに保存していた。手元の紙の帳簿はもう処分した。敵に奪われてもいいように、データは何重にも暗号化してある。
だが、問題は“どこに持ち込むか”だった。警察?ジャーナリスト?それとも……。
スマホが再び震えた。
「港へ。今夜0時。真実を明るみにする準備はできている。」
玲奈は唇を噛んだ。これは罠かもしれない。だが、このまま逃げ続けても意味はない。
――行くしかない。
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深夜の港は、波の音と鉄骨のきしむ音が混ざり合い、不気味な静けさに包まれていた。
指定された倉庫の前に立つと、中から光が漏れていた。
扉を押し開けると、そこにいたのはスーツ姿の男。
「君が玲奈さんだね。私はジャーナリストの片桐。匿名で連絡していたのは私だ。」
彼の机の上には録音機材、ノートPC、そして大手新聞社の名刺。
「あなたの持っている証拠を記事にすれば、奴らは逃げられない。だが時間がない。明日の株主総会で発表しなければ……」
その瞬間、倉庫の外から車のドアが乱暴に閉まる音が響いた。
玲奈の心臓が凍りつく。追手だ。
「しまった、嗅ぎつけられたか!」
片桐が机を片づけようとするが、もう遅い。重い足音がこちらに迫ってくる。
玲奈は覚悟を決めた。
「私が囮になる。あなたはこの証拠を必ず届けて!」
片桐が驚いた顔をするが、玲奈の目には迷いがなかった。
彼女は机の下にあった非常口の扉を蹴り開け、外へ飛び出した。
暗闇の中、複数の懐中電灯が一斉に彼女を追う。
だが玲奈は、初めて恐怖よりも強いものを胸に抱いていた。
――ここで倒れるわけにはいかない。自分の選んだ道で、必ず未来を切り開く。
港のクレーンの影をすり抜け、走り続ける玲奈の耳に、遠くでサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。