第1章 追われる者
夜明け前の街は、灰色の霧に包まれていた。
玲奈は路地裏に背を押しつけるようにして、必死に息を潜めていた。足音が近づく。追手だ。
昨日まで普通の会社員だった自分が、なぜこんな風に追い詰められているのか。――偶然目にしてしまった帳簿。そこには、会社が裏で関わっている不正の証拠が赤裸々に記されていた。
「見つけたぞ!」
背後から声が響いた。玲奈は反射的に飛び出す。走り続け、心臓が破裂しそうになる。だが出口はない。行き止まりの壁が目の前に立ちはだかっていた。
終わった――そう思った瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。
匿名のメッセージ。「壁の左、下の排気口。中に入れ。」
半信半疑で手を伸ばすと、そこには確かに小さな通気口があった。体をねじ込み、狭い暗闇を這う。背後で足音が遠ざかる。
数分後、玲奈は別の通りに出た。東の空が淡く光を帯び始めている。
深呼吸をしたとき、再びスマホが震えた。
「まだ終わりじゃない。でも、君には生き延びる力がある。」
その瞬間、玲奈の胸の奥に小さな炎が灯った。窮地は終わりではなく、始まりだった。彼女はスマホを強く握りしめ、朝の光に向かって歩き出した。