退場待ちの王太子妃は
以前投稿した作品と同じテーマでもう一作執筆してみました。
どちらもお楽しみいただければ幸いです。
王太子ジャスティンの妃フェイスは、にこりともしない。
王宮勤めの者なら、誰でも知っている事実である。
「お、今日は魚料理か。確か、そなたの好みであったな」
王太子は、晩餐の席で妻へ快活に話しかけた。
「さようですか」
その返答がこれである。
「うむ。口に合ったら料理長に伝えるがよい。無論、合わなかった時にも」
「…………」
王太子は気にしたふうもなく会話を続けるが、妃は沈黙で応えた。
しばらくして、空になった皿が下げられ、また王太子が口を開く。
「そうだ。今日の視察でな、真珠を扱うという商人と知り合ったのだ」
「さようですか」
食後の飲み物を片手に妃は応じる。
「うむ、後ほどいくつか見せてもらうよう、約束を取り付けた。よい品であれば、そなたへの贈り物としよう」
「ありがとうございます」
口から出るのは感謝の言葉だが、その言い方は単調で、真珠を贈られるというのに喜んだ素振りもない。
そのまま話が弾むこともなく、すぐに晩餐は解散。王太子妃は居室へさがる。
使用人たちは、お妃様は相変わらずね、と密かに視線を交わしあった。
王太子妃フェイスは後ろ盾のない妃である。
というのも、王太子夫妻が盛大な結婚式を挙げてすぐ、実家の謀反計画が暴かれて一族郎党が処刑されているからだ。
当然、フェイスも連座して処刑すべき、という声が上がった。
しかしそれを一蹴したのが王太子ジャスティンである。
フェイスは実家の悪事を暴くために積極的に捜査に協力し、情報を提供した。そして詮議の結果、謀反に無関係であるということもわかった、というのが一つ。
もう一つは、既に王家に嫁いでいるフェイスは、実家とは縁が切れている、とジャスティンは主張した。
王宮は紛糾したが、ジャスティンは根気強く周囲を説得して周り、国王も彼の言い分を認めることとなった。
そんなわけで、フェイスは五ヶ月経った今でもまだ、王太子妃の地位にいる。
だが。
晩餐の席で見せた通り、基本的にフェイスはジャスティンにろくな反応をしなかった。
話題を振られても最低限の受け答えしかせず、贈り物も身につけている様子がない。
そこで憶測が生まれることになる。
いわく、意に染まぬ結婚だったのではないか、だとか。
王太子のことを、家族の仇と思っている、だとか。
王宮では昨今、そんな噂がまことしやかに流れているのであった。
*
どさっ。フェイスは自室のベッドに寝転がった。
「あっ、お妃様、まずはお召し替えなさってください」
慌てた声が上がる。王太子妃付き侍女のホリーである。
「……おなかいっぱいで、動きたくない」
仰向けの姿勢で訴えるが、ホリーはフェイスの腕を引いて立ち上がらせようとする。
「動けなくなるほど食べなきゃよろしいんですよ」
「だって、残すのも悪いじゃない……」
……ただでさえ、無愛想で通しているのだから。
「今日の魚料理も絶品だったわ……カリカリの焼き目にバターが染み込んで。添えてあったハーブは何かなあ、口に含んだらさっぱりした香りがふわっと広がってね」
「はいはい、ようございましたね。ほら、腕を上げて」
侍女はぞんざいにフェイスのグルメレポートを聞き流す。王宮に入ってからつけてもらった侍女なのだが、最初はもっと丁寧に扱ってくれてはいなかったか。
「……むう」
「だって仕方ありませんよ、お妃様。こちらはご成婚からこのかた毎日毎日三食ごとに、あれが美味しかったこれが絶品だったと聞かされているんですからね」
口を尖らせたら心を読んだようなことを言われた。
その間にも着々と寝るための支度を整えてくれている、有能な侍女である。
「料理長に伝えられてはいかがです? ホリーなんぞにおっしゃるよりも、大感激して聞いてくれるでしょうに」
「……それは……できない」
フェイスは目を伏せた。
湯とタオルを用意しながらホリーは容赦がない。
「お妃様はそればっかりでございますね。先日の首飾りのお礼もろくにお伝えしていらっしゃらないんでしょう?」
「……うっ、……ありがとうございますとは言ったからね」
「身につけられたところを、王太子殿下にお見せになったらよろしいのに」
「ダメ! 私なんかがつけたら価値が下がっちゃう。……今のまま、きれいに飾っていればそれでいいの」
「さようでございますか」
ホリーはあからさまに肩をすくめた。
知っている。
周囲の人間は、フェイスが料理長やジャスティンに、「心を動かされた」と素直に伝えることを望んでいる。
だけど、それはできない。
──自分は退場予定の王太子妃だから。
フェイスを寝間着に着替えさせ、化粧を落とさせて、ホリーはおやすみなさいませと退室していった。
灯りを暗くした部屋で、再びベッドに寝そべる。
天蓋付きの最高級のベッドはふかふかだ。この世界でも使える者は一握りだろう。
だが、フェイスは前世、庶民でもこれくらいのベッドに寝られる国、日本で暮らしていた……。
『あなたのために生きる』、通称『あなため』。前世の愛読書のタイトルだ。
夫のジャスティンがその話のヒーローであることに気付いたのは、結婚式で誓いを挙げたその瞬間だった。
『あなため』は日本で生まれ育ったヒロインが異世界にジャンプしてしまう、転移ものと呼ばれるジャンルの作品である。
ヒロイン、希は女子高生。家族とぎくしゃくし、憧れの先輩とも疎遠になったところで異世界に飛ばされる。
そこで出会ったのが、孤独な王ジャスティンだ。
彼は数年前に、迎えたばかりの王太子妃を失っていた。
王太子妃フェイスは、初夜の寝台で彼に恐るべき計画を打ち明ける。実家の侯爵家が謀反を計画しているというものだ。
即座に侯爵家は取り潰され、フェイスは後ろ盾のない王太子妃になる。
そして半年後、刺客に暗殺されるのだ。
フェイスとじゅうぶんに心を通わせることができなかったジャスティンは、それを悔やみながら生きていた。
そこに異世界の少女、希が現れる。
心に隙間を抱える二人は慰め合い、いつしか惹かれ合って、王国に降りかかる様々な事件を共に乗り越え、やがては──という筋書きである。
すべて思い出した瞬間、まず、……ああ、だから自分は家族に虐げられて育ったのだ……と納得してしまった。
実家の環境はお世辞にも良好とは呼べなかった。心を閉ざす王太子妃を育てる環境にふさわしく、ということだろうか。
だが、それも日本での記憶が蘇った今ではどこか現実味がない。
気もそぞろに披露宴を過ごし、磨き上げられて初夜の床で夫を待つ間、フェイスは密かに決心していた。
原作をなぞろう。
『あなため』は前世で高校生の頃、夢中になって読んだシリーズだった。
希とジャスティンのカップルは、平たく言えば『推し』だ。
何度読み返したかわからないし、序盤の流れは完全に頭に入っている。
あと半年で殺されるのが怖くないと言えば嘘になる。だけど、仕方ない。
これも、二人に幸せになってもらうためなのだ──。
「お伝えしたき儀がございます」
やがて現れた彼に、原作と同じ台詞を告げるときには、何の躊躇もなかった。
フェイスの基本方針は三つである。
一、王子と心を通わせないこと。
自分がジャスティンのトラウマになるのは心苦しいが、最も大事なポイントだ。ここがぶれてしまうと、やがて現れる希との関係に影響をきたしかねない。
一、爪痕を残さないこと。
政治に口を出すとか、使用人みんなと仲良くなるとか、模様替えや庭造りに励むとか、原作にないことをやってしまうのはもってのほかである。希がこっちに来たときに、前の女の気配があってはいい気分はしないだろう。
一、終活をしておくこと。
前世でどういうふうに亡くなったか、その記憶はないが、どうも若くして死んでしまったような気がする。
周囲に迷惑もかけただろう。だからこそ、来るのがわかっているその日の前に、なるべく始末はつけておきたい。
死ぬのは結婚式から半年後。もう五ヶ月が経過している。
既に個人的な財産については、詳細な目録と遺言書をしたためた。
「ああ、でも真珠、くれるんだっけ……」
そう、ここで頻繁に与えられるジャスティンからの贈り物が思わぬ障害となっていた。
「……まあ、でもホリーが把握していてくれるだろうから……。目録にないのは侍女で分けて、って書いておけばいいかな」
そう結論して、フェイスは目を閉じた。
そしてつぶやく。
「ジャスティンには幸せになってもらわなきゃ……」
塩対応をしていて申し訳ないけれど、前世の推しであることをさっぴいても、劣悪な環境から救ってくれたというだけで今のフェイスにとっての神でもある。
希がやってきて、一日も早く幸せになってくれますように。
唯一の心残りは、希が来たときには自分は死んでいるので、二人が幸せになるところを見届けられないことだけど。
「それはもう、仕方ないよね……」
生き延びて二人の邪魔になるなんて、言語道断だ。
*
ある日の晩餐の席。それは当たり前に言い渡された。
「明日から、南のラース公爵領への視察で数日留守にする」
来た。余命宣告だ。
いや、余命は最初から決まっていたんだけれども。
原作では、ジャスティンが護衛を引き連れてラース公爵領へ出発した直後、手薄になった警備を突いてフェイスは暗殺された、となっている。
とうとうその時が訪れたのだ。
さすがに、その晩は眠れなかった。明日死ぬとわかっているのだから当然だが。
こんなことなら一度死んだ時──たぶん──の記憶が残っていれば心の準備もできたのに、などとしょうもないことを考えながら一睡もできず夜が明けてしまった。
「おはようございます、お妃様。今日はお見送りでございますよ」
朝が来て、鏡台の前に座らされた。目元がむくみ、肌も荒れたひどい顔でホリーに化粧をされる。
文句一つ言わず仕上げてくれたが、いつものようにジャスティンから贈られたアクセサリー類を出してくる。
絶対つけないと言っているのに、この侍女は毎日一度は勧めてくるのだ。
……ふと、魔が差した。
今日が、最後の日である。寿命的にも、ジャスティンの顔を見る機会としても。
……最後くらい、いいんじゃないか……。
「そうね、その一番小さい宝石がついたネックレスだけつけようかな。青いのね」
「……かしこまりました……!」
──で、さっそく後悔した。
「それは私が贈ったものか。やはり、よう似合っておるな」
目ざといジャスティンに見つかって、よりにもよって見送りの場で指摘されたのだ。
「……さようですか。ありがとうございます」
顔を伏せながらとりあえずお礼を言うが、内心はやっちまったとじたばたしている。
気のせいかホリーはじめ使用人たちがニヤニヤしているような……。
……と、そんな一幕もあったが、一行は無事に出立していった。
これが最後だと思うと名残惜しくて、フェイスは王宮の城壁の上からいつまでも隊列を見送っていた……。
*
さて。
どうやって殺されるのか、細かいことは原作に書いていなかった。毒殺かなあ。あんまり苦しくないのがいいな……。
ホリーに促されて城内に引っ込み、そんなことを考えながら自室に戻っていた途中のことである。
「きゃあっ!」
回廊に悲鳴が響いた。はっとしてそちらを見る。
顔に布を巻いた黒服の男が庭園に侵入していた。前世で言う、忍者みたいな。
手には抜き身の剣。
──刺客だ!
まさかの白昼堂々の襲撃だった。それにしても展開が早い。
男は一瞬で接近してくると、くぐもった声で問う。
「王太子妃だな」
「……お逃げください!」
さっとホリーが男とフェイスの間に割って入った。こんなときにも忠義な侍女である。自分にはもったいないくらいだ。
それを逆に押しのけて、男の視線を真正面から受ける。
「狙いは私一人でしょう。お前たちは下がりなさい」
「そんな……!」
眉間に力を入れて、男を睨み返す。
「その代わり、私の命だけにして」
「要求ができる立場だと思っているのか?」
どうだろうか。必死に頭を回転させる。
原作には、道連れにされた侍女はいなかったはず……!
「お妃様!」
「曲者か!」
回廊には悲鳴を聞きつけた近衛騎士たちが到着した。だが、フェイスと男の距離が近く、手を出しあぐねているようだ。
……それでいい。侍女だけ助けてくれれば。
「彼女たちを逃がしてくれるなら、抵抗せずあなたの手にかかると約束します」
腹に力を入れて言った。少しでも説得力が出ているといいのだが。
「ほう?」
男は興味を惹かれたような素振りを見せる。剣を片手で弄びながら、
「侍女の命に、どれほどの価値が? このままでも貴様を殺すことなど容易だが──」
「それは困るな」
びしゃっ。
血しぶきが上がった。一瞬、誰のものかわからなかった。
ぐらり、と男の体が崩れ落ち、その向こうには全身を鎧で包んだ騎士が立っていた。
「フェイス、怪我はないか?」
騎士は剣の血を払って兜を脱ぐ。
「……でん、か……? なぜ……」
現れた顔はジャスティンその人であった。
「王太子殿下──!!」
「お妃様、ご無事ですか!?」
周囲がわっと声をあげた。
そんな中、フェイスはふっと気が遠くなる。
「──フェイス!!!」
倒れる瞬間、鎧の腕に力強く抱きとめられた、そんな気がした……。
*
これは夢だ。
そうわかったのは、周囲が前世でよく通っていた、チェーン店のカフェにしか見えないからだ。
フェイスが座っているのは小さなソファで、低めのテーブルを挟んだ反対側には、見たことのある女の子が席についてこっちを見ている。
半袖のブラウスにチェックのスカート。女子高生のようだ。
互いの前には冷たいドリンクが置かれている。
「……ええと。はじめまして」
女の子が口を開く。ものすごく、気まずそうだ。
気まずいのはこちらの方なのだが……。
「はじめまして……。あの、希さん、ですよね」
仕方なく切り込んでみたら、ものすごくびっくりした顔をされる。
「えっ、わかるんだ」
「そりゃまあ……」
「……そっか、そりゃそっか。だからあそこで死のうとしたんだもんね?」
言葉を濁すと、希は一人うなずいて納得したようだ。
「へっ? 見てたんですか?」
「うん、この空間からずっと見えてたよ」
うわ。恥ずかしい……。
穴があったら入りたい。希は気にせず話を続けているが。
「ジャスティンと、あたしが主人公の話を守ろうとしてたんだもん。あなたも、転生者だ」
えっ。
「あなたも?」
驚いて聞き返せば、希は肩をすくめる。
「そ。あたしも、希とジャスティンの話、『あなため』の読者。元はね」
「そうだったんだ……」
「うん。だから、異世界に転移すること、すごく楽しみにしてたんだ」
希は手を伸ばして飲み物をとった。口を湿らせてから。
「だって、知ってるでしょ? 勉強も、バイトも、片思いもうまくいかない人生。転移して、やっと一発逆転」
身も蓋もないが、確かに原作はそういう筋といえばそうである。
「まあ、そうですね……」
「だけど」
希はごとん、と音を立ててグラスをテーブルに置く。
身を乗り出して、フェイスをじっと見据えた。
「ここで、あなたのこと見てたら、腹立ってきて」
「えっ」
なにかしてしまったのだろうか? まったく自覚はないのだが。
「ねえ、あなたマジメすぎるって言われたことない?」
「……わ、わかりませんけど」
「うん、マジメすぎるよ。あなたみたいな人押しのけて、こっちが幸せになれるって、本気で思ってる?」
「え……ええと……」
希ははあ、とため息を吐いて座り直した。
「……まあ、そんな感じでムカついてきちゃって。あなたと……自分自身に」
「…………そんな」
フェイスはうろたえた。
「真面目だなんてとんでもない。私はあの人から逃げてただけで……」
「そうだね」
希はあっさり同意する。
「あなたはジャスティンから逃げてた。……あたしは、転生した世界のうまくいかないことから逃げてた」
「そんな、それは仕方ないかと」
そういう筋なのだから。しかし希は真剣な声で反論する。
「……それ、ジャスティンの前でも言える?」
「…………!」
フェイスの様子を見て、希はふっとわらった。
「ま、だからさ。お互い、それがわかってるならもう大丈夫じゃん?」
「……そうですね」
って。
「待ってください、転移は? しないんですか?」
「この流れでどうやってしろって? おじゃま虫になりたくないのはあたしも同じだよ」
「ええっ……そう言われても……」
フェイスはうろたえるが、希はフェイスの前にあったグラスを持たせると、自分の分も手に持って掲げた。
笑顔でふたつのグラスをぶつける。
「今度はお互い逃げずに、頑張ろうよね。……あたしたちの未来に乾杯!」
「うぇ……えぇ、か、乾杯……?」
*
フェイスは目を覚ました。
目に入ったのは見慣れた天蓋。どうやら、自分の部屋に寝かされていたようだ。
今のは、夢……。
すごくリアルだったけど、……希が自分と同じ転生者で。しかも、転移してこないなんて、そんなこと、あるんだろうか?
あまりにも自分に都合がよすぎないだろうか。
でも、フェイスが生き残ってしまった以上は、こっちに来たくないっていうのも、わかる気がする……って。
そう、生き残ってしまったのである!
「どうしよう、これ……!」
「何がだ?」
「……ひっ!?」
思わずつぶやいたら、ベッドの枕元から声がして、寝そべったままちょっと飛び上がった。
恐る恐る視線を向けてみると、そこには既に鎧を脱いで普段着のジャスティンがいる。
「で、殿下……なぜ、ここに……というか、なぜお戻りになったのです……?」
振り絞るように聞くと、あっさりと返事される。
「なに、そなたが珍しく首飾りをつけておったのでな。胸騒ぎがして戻ったのだ」
「えぇ……」
まさかのネックレスがフラグになっていた。そんなの、ありなんだ……。
そういえば原作でもジャスティンは剣技に秀で、希の危機を幾度となく救っていた。が、まさか自分が助けられ、しかも話の流れを変えてしまうなんて。
どうしたらいいんだろう、これ。とぐるぐるしていると、ジャスティンに顔を覗き込まれた。
「しかし、侍女を庇って立つそなたを見たときは、肝が冷えたぞ。……惚れ直しもしたがな」
「惚れっ!?」
とんでもない言葉が飛び出した気がする。
「おや、今まで言っていなかったか? 初めての夜、勇気を奮って私に家族の恐るべき計画を告げてくれたときから、私はそなたにぞっこんなのだが」
「ぞっ……」
聞いてない。断じて聞いてない。
……だが。フェイスのために奔走して王太子妃の地位を守ってくれたり、プレゼント攻勢であったり……。
気持ちがなければできないことである。
そこからずっと目を逸らして来た自覚はある。……だって、退場予定だとばかり思っていたから。
「……そういえば、そなたの気持ちの準備ができるまで、待つつもりであった気もしたな。……だが、もういいだろう?」
そう言うとジャスティンは微笑んで、フェイスの首元に指を伸ばした。
そこにはまだ、つけられたままのネックレスがある。
「フェイス。……愛している」
「……殿下……」
ふと。夢か現実かわからない世界で会った、少女の笑顔がよぎる。
──お互い逃げずに、がんばろうよね。
初めての夜、密告を決心した時よりも、暗殺を覚悟した時よりも勇気が要った。
だけど、フェイスは口を開く。
「殿下。私も、お伝えしたいことが……」