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4.

「先輩、卒業おめでとうございます。」


卒業式、朝登校すると正面玄関の前で茶道部の後輩たちが待っており、みんなから花束とメッセージ入りの色紙をもらった。

ピンクでまとめてあるブーケがとても素敵!


お式の後は、茶道部のみんなで集合写真を撮って、クラスメイト達とも写真を撮って、最後に福島先生のところに行く。


「先生、一緒に写真撮ってください!」


「ええ、喜んで。」


愛未ちゃん、優奈ちゃん、さくらちゃんも入って、一緒に撮った。

それから、愛未ちゃんに携帯を渡して、先生とツーショットを撮ってもらう。

家宝だな、これ。


「みなさん、卒業おめでとう。

大学合格もおめでとうございます。


大学でも頑張ってくださいね。」


みんなで、ありがとうございますって返事をする。


それから私は、ずっと前からこの日に伝えるって決めてた言葉を口にする。


「先生もご結婚おめでとうございます。

幸せになってね。」


先生は、ありがとうございますって笑った。

その笑顔を見て、心の底から先生には幸せになって欲しいって思った。



一つだけ心残りなことがある。

それは、冬休み前に先生と約束した特別な一冊をまだ見つけられていないことだ。

卒業までに見つけて先生に紹介したかったけれど、これから先は自分のために探そうと思う。

大切な思い出を教えてくれた先生の為にも。



そして先生に手を振って、私たちは高校を卒業した。




***********




目の前に湯気の立つコーヒーが置かれる。


「さあ、どうぞ。

温かいうちに飲んでください。」


いただきますと言って、コーヒーを一口。


あれから、先生は無言で駅前のコーヒーショップまで私を連れてきた。

先生の目の前にはブラックコーヒーが置かれている。


しばらくお互いに何も喋らず、ただただコーヒーを飲んだ。

先生の方をチラッと見ると、窓の外をぼんやり眺めているようだった。


だんだん酔いが覚めてくる気配がして、自分のやらかしを思い返し、頭を抱えたくなった。


「先生、ごめんね。

大分酔いが覚めたみたい。」


福島先生がこっちを見てくれたので、やっと目が合った。


「それなら良かった。」


ふっと笑って、先生はまたコーヒーを飲む。


「もう大丈夫なので、先に帰ってもらって良いですよ。

私は、これをゆっくり飲んで、酔いを完璧に覚してから帰ります。」


自分の醜態に先生を付き合わせたのが、嫌だった。

だから早く一人になりたかった。


だけど、先生が席を立つ姿も見たくなくて、下を向いて自分の手を見つめる。

すると向かいの先生が人差し指でテーブルをトントンと打った。

思わずそちらに視線を向けると、先生が私を見てて。


「ちゃんと歩けるか確認しないことには、置いていけないですよ。」


「でも、でも、私、羞恥心と罪悪感で居た堪れないんです。」


「なんの罪悪感ですか?」


「先生に醜態を晒したことへの…。」


私の返事に、先生はふふふと笑った。


「笑い事じゃないんですけど。」


「ふふ、すみません。

でも、あんなの醜態でもなんでもないです。

逆に、可愛らしかったですよ。」


ぼんっと顔が赤くなって、あわあわして、それ以上何も喋れなくなった。



しばらくして、そろそろ終電の時間ですから行きましょう、と声をかけられたので席を立つ。

さっき歩いていたようなグニャグニャした感じはないけど、まだ少し頭がぼうっとしてるし、ふわふわしてる。

でも、それを言ったら先生に気を使わせると思ったから、酔いが覚めて見えるように気をつけながら歩いた。


終電にはそこそこ多くの乗客が乗っていたので、先生と空いている場所に立つ。


「先生の最寄駅はどちらですか?」


「僕はここから5駅先です。

佐々木さんは成浪駅ですよね?」


「はい。

結構遠いんですよね、終点近くなので。」


「一人で大丈夫ですか?」


「大丈夫です!」


「駅からは近い?」


「うーーん、歩いて15分くらいですかね。」


「結構距離がありますね。」


「まぁ、でも大丈夫ですよ!」


「佐々木さん、家に帰ったら消してくれて構いませんから、今だけ僕の携帯番号を入れてください。

ちょっと心配なんで、無事に家に着いたら電話してもらって良いですか?

なにかあれば、道中で掛けてきてくださって結構ですし。」


「あ、わかりました。

ありがとうございます。」


あれ?

先生の携帯番号、ゲットしちゃったぞ!?


「あの、じゃあ、私の番号はコレです。」


「分かりました。

では、電話待ってますからね。


そして先生は電車を降りていった。


携帯の連絡先に新しく入った番号に、先生の名前とハートマークを入力する。

先生は、家に帰ったら消してくれても良いって言ってたけど、裏を返せば消さなくても良いって事だよね?

ダメって言っても、絶対に消さないもんね!!!


酔いを覚ますためとはいえ、今日思いがけず先生と一緒に過ごすことが出来て思ったのは、やっぱり先生の空気感がとても好きだということ。

何も話してなくても落ち着くし、先生の周りの空気だけあったかく感じるのだ。


先生の声が好き。

丁寧な話し方が好き。

穏やかな笑顔が好き。

節のはっきりした指が好き。

ふふふって笑うところが好き。

ちょっとミステリアスなところが好き。

たまにかわいくなるところが好き。

ちょっと押しに弱いところが好き。


優しいところが、好き。


やっぱり大好き。






いつもの駅で電車を降りて、なるべく明るくて広い道を選んで家へ戻っている時、一台の黒い車が私の側を通り過ぎては数メートル先で停まる、というのを繰り返しているのに気がついた。


もう少ししたら路地に入らなきゃいけなくなるのに、車は私が路地に入るかを伺っているようで怖くて曲がれない。


いつも曲がるところより先にコンビニがあるので、そこに入ってやり過ごそうと思ったら、その車も駐車場に入ってきた。

なのに運転席から人は降りてこない。


嫌な汗が背中を伝う。


どうしよう、怖い!

思わず携帯を取り出して、先生に電話を掛けてしまった。


「佐々木さん?

無事に家につきましたか?」


「あ、あの、せんせ、あの」


「何かあったんですか?」


「ごめんなさい、あの、勘違いかもしれないんですけど、車が。

車が付いてきてる気がして。」


「今どこですか?」


「大通り沿いのコンビニです。

付いてきてる車もコンビニの駐車場にいて、でも人は降りてきてなくて。」


「ロケーション、送れますか?」


「あ、はい、送れます。」


「送って。

タクシーでそっちに行くから、ロケーション共有にして、そこで待ってて。」


「ごめ、ごめんね、先生。」


「大丈夫。

通話はそのままにしましょう。」


それから先生は、タクシーに乗ったとか、どこどこの交差点を過ぎたとか、あと数分で着きそうとか教えてくれた。


怖くてあまり外を見られないけど、マルチメディア端末を操作するフリをしながらチラッと様子を伺うと、駐車場の車はエンジンをつけたまま、まだ停まっていた。


そんな時、先生からコンビニが見えたと伝えられる。


「もう着きます。

だけど、僕が車を降りてそちらへ行くまで、絶対にコンビニから出ないでくださいね。」


「分かりました。」


今しがたコンビニに入ってきたタクシーから先生が降りてくる姿が見えた。

その姿にホッとして、安心したら身体中に震えが走る。


お店に先生が入って、私の姿を見つけてくれた時、思わず駆け寄って先生の腕にしがみついてしまった。

先生はもう一方の手で私の肩をポンポンと優しく叩いて、もう大丈夫ですから行きましょうとタクシーまで促してくれた。


駐車場を横切る私の脇を、さっきまで停まっていた黒い車がスゥッと通り過ぎていく。


「あの車ですか?」


先生の質問にコクンと小さく頷く。

先生は、携帯に何やら打ち込んでから私をタクシーに乗せて、自分も横に乗り込んだ。


「タクシーは酔うと伺いましたが、ここからご自宅までなら大丈夫でしょう?」


「はい。」


私は運転手さんに自宅までの道を伝え、シートに深く座った。

まだ手が震えている。

その手をじっと見てたら、先生が複雑そうな顔をしてこっちを見ていた。


「あの、助けてくれてありがとうございます。」


「いえ、こんなに遅くなるまで引き留めていたのは僕ですから。

僕の方こそ、皆さんと別れた後、すぐに君を家に送り届けるべきでした。

怖い思いをさせてしまって、すみませんでした。」


その先生の謝罪に首を横に振る。

一緒にコーヒーショップで過ごした時間を、先生に否定してほしくなかった。


「違うよ、先生。

それを言うなら、私がちゃんとしてなかったからいけなかったの。

お酒、飲まなければ良かった。」


私のその言葉に、先生はうーんと唸った。


「もうやめましょう。

本当に悪いのはさっきの車ですし。


ただ、君が無事で良かった。」


「はい。

先生のおかげです。

こんな時間にわざわざ来てくれて、助けてくれて、嬉しかった。」


先生はひとつ頷いて前を向いた。


タクシーが家の前に着いたので、先生のご自宅までの往復分の料金を払おうと思ったのに、先生に止められた。


「君に怖い思いをさせたのは僕の責任ですので、お代は結構です。」


「でも!」


「おやすみなさい、佐々木さん。」


タクシーの扉が閉まり、先生は行ってしまった。





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