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2.

そこそこ名の通った私立女子高の同窓会ということもあり、ホテルのパーティールームは大変華やかな雰囲気だった。


私たちと同じ学年だった卒業生たちも思ったよりも多く集まっていて、近況を報告しあったり、メッセージアプリのIDを交換したり、久しぶりの交流を楽しむ。


「福ちゃん、来てないのかな。」


優奈ちゃんと会場を見渡しながら福島先生を探すけれど、広すぎて見つからない。



残念に思っていたとき、優奈ちゃんが小さく叫んだ。


「いた!

あっち、あっちの角にいるよ。

行こう!!!」


優奈ちゃん、さくらちゃん、愛未ちゃんは私の手を引っ張って、福島先生がいるところに向かった。


「セーンセ!」


愛未ちゃんが福島先生に声をかける。


「6年前の卒業生の渡辺と、河合と、佐々木と、望月です。

覚えてますか?」


振り向いた福島先生は、記憶の先生より目尻に小さなシワが増えていた。

でも、変わっていたのはそれだけ。


「えーーっと、ちょっと待って下さいね。

みなさん、高校生の頃よりすっかり見違えてしまうから、顔と名前を一致させるのに時間が掛かるんですよ。」


福島先生は私たちの顔をゆっくりと順番に見て、渡辺、河合、佐々木、望月、と呟いた。


「!

思い出しましたよ、渡辺優奈さん、河合さくらさん、佐々木しおりさん、望月愛未さん、ですね。」


「え〜!?すごい、先生!!!

正解です!!!」


私たちは拍手をしながら喜んだ。

覚えてくれてはいないと思っていた。

毎年たくさんの生徒が入学してくるし、担任だったわけでもないのに。

嬉しくて、ちょっと泣きそう。


「君たち4人は、何かと話しかけに来てくれていましたからね。

印象が強かったので、覚えていますよ。」


福島先生はニコニコしながらそんなことを言う。

そして、私の顔を見た。


「特に佐々木さんは、僕のテストで満点をとった唯一の生徒ですから。

その記録は、今もまだ破られていませんよ。」


思いもよらず、目があってふふふと微笑まれたから、心臓を撃ち抜かれたかと思った。


それから先生は私たちの近況について尋ねてくれたので、それぞれが答える。

みんな答え終わった時、優奈ちゃんが先生にあの質問を返した。


「先生は?

今日は奥さん来てないの?」


福島先生は、一瞬だけ動きを止めたように感じたけど、すぐに柔らかい笑顔に戻った。


「さては、何か聞きましたね?

噂というものは止められませんから、仕方ありませんね。

聞いているとは思いますが、昨年独身に戻りました。」



少しだけ寂しそうな顔をした先生を見てられなくて、キュッと目をつぶる。


「先生、今から別の場所に飲みに行こうよ!」


愛未ちゃんが先生を誘った。


「えぇ?」


「私達もう生徒じゃないし、お酒もとっくに飲めるし。

ね、こんなキレイな子を4人も連れて飲みに行けるなんて、そうそう無いと思うよ!」


ね、行こう、行こう!

優奈ちゃんやさくらちゃんも、ちょっと強引じゃないかと思うくらいのテンションで誘う。

しばらく先生は迷っていたけれど、みんなの押しの強さに負けて頷いてくれた。



場所を変えて行った先は、大衆的な居酒屋だ。

私たちが集まると、こういう普通の居酒屋にすることが多い。


愛未ちゃんが、さりげなく私を先生の隣の席にしてくれた。


メニューを開いて先生の方に見せながら、どんな料理が好きか質問すると、先生がクスクスと笑った。


「高校生の頃も、佐々木さんにどんな和菓子が好きか聞かれたことがありましたね。」


「覚えててくれたんですか?」


先生は、ふふふと笑ってメニューを見た。

私だけの大切な思い出だと思っていたのに、先生の記憶にも残っていたことが嬉しかった。




***********



それは3年の校外学習の時の事だった。


「しおりっ、大変。」


「どうしたの?」


さくらちゃんと愛未ちゃんが、息を切らして走ってきた。


「今、小田原先生と福ちゃんが喋ってるのを聞いちゃったんだけど、福ちゃん結婚するんだって。

しかも、相手は事務の真琴さんだって!」


「え…?」


頭をガツンと殴られたみたいだった。


そうか、福島先生は真琴さんとお付き合いしてたのか。

事務の真琴さんは上品な雰囲気のスラっと美人で、福島先生の丁寧な感じに少し似ていた。


そうか。


…そうか。


それからの校外学習は、もう楽しめなかった。

それに、いつも探しては目で追っていた福島先生の事を見ることができなかった。


嘘なんじゃないかな?

愛未ちゃん達の聞き間違いかも。

ホントは、真琴さんの相手は別の人なんじゃない?


先生の結婚を否定したくてたまらなかった。


でも翌日学校に行ったら、もっと噂が広まっていて、先生たちは私達が卒業したら結婚式を挙げるらしい。

クラスメイト達から気を遣われるから、わざと泣き真似したりムキーってしたりして、自分のぐちゃぐちゃな気持ちを笑いに変えた。


「だいじょーぶだよぉ。

推しの幸せまでも応援するのが、真の強火推し担だから!!!」


お昼休みには、そうみんなの前で宣言して拍手をもらった。

この日、私の淡い初恋は終わった。








間も無く高校最後の文化祭だ。

茶道部でも準備に余念がない。

茶道部は毎年、3年生と選抜の2年生がお茶室でのお手前の披露、1、2年生は喫茶店を担当している。


前売り券の数と当日券分を考慮に入れながら、和菓子や喫茶店で提供する焼き菓子の発注をしたり、普段大事にしまってある茶器をだしたり、喫茶店として使う教室のデコレーションをしたり、お茶室前に小さな枯山水を作ったり、毎日遅くまで学校に残って準備していた。


「今日はこのくらいにして、学校を追い出される時間まで休憩にしようか!」


部長の一声に、みんな作業の手を止める。


「じゃあ、私達、飲み物とか買ってくるよ。」


愛未ちゃんと私は後輩二人を連れて、学校のすぐそばのコンビニにジュースとお菓子を買いに行く。

うちの部員は結構な人数がいるので、大きいペットボトルのジュースは4本では足りないし、スナック菓子だって少なくても6袋は必要なのだ。


大きな買い物袋4つぶら下げながら学校に戻ると、丁度見回り中の福島先生と体育の飯塚先生にバッタリ会ってしまった。


飯塚先生は私たちの買い物袋を見て、眉毛を吊り上げ説教をしかけたのだが、福島先生が飯塚先生の肩をポンポンと叩いて、まぁ今日くらいは良いじゃないですか、毎日遅くまで頑張っているし、いつも茶道部には美味しいお茶を頂いてますしって庇ってくれた。


先生達に頭を下げてお茶室に戻る時、福島先生を振り返ったら、先生もこっちを見てて口元に人差し指を当てて、内緒ってポーズをしてた。



それはないよ、先生…。

真の強火推し担としての決意が、揺らいじゃう。





文化祭当日、3年生は早めに学校に来て着付けをしてもらう。

私は藤色のお着物を選んだ。


実は、この着物を着てのお手前が人気で、毎年お茶室の前売り券はすぐ売り切れてしまう。

私も1年生の頃は、早くお着物を着てお茶を振る舞いたいなんて思っていたものだ。


帯をぎゅっと締められると、シャキッとするから不思議。

さあ、今日と明日は存分に楽しむぞーー!!!






文化祭の開始まではまだまだ時間があるので、後輩に任せている喫茶店の様子を愛未ちゃんと見に行くことにする。


「どう?

大丈夫?」


「先輩、大変!

氷を頼んでいた業者さんがまだ来ていないの。」


「電話した?」


「はい、なんか道路が事故で渋滞してるらしくって、こっちにはお昼前くらいに着きそうだって。」


「それだと間に合わないね!

わかった、じゃあ、とりあえずコンビニで氷買ってくるから、待ってて。」


私と愛未ちゃんは、慌ててコンビニに氷を買いに走った。



「おやおや、せっかくの着物なのに、そんなに慌ててどうしたんですか?

着崩れてしまいますよ。」


学校の正面玄関で、福島先生に会った。


「福島先生!

おはようございます。

トラブルが発生しました!」


「おはようございます。

トラブルとは?」


「氷が届いていないので、コンビニに買いに行きます!」


「そうですか。

氷は重いので、お手伝いしましょう。」


神だ、神が降臨した。


「「先生、ありがとう!!!」」


私と愛未ちゃんは声を揃えてお礼を伝えた。


コンビニで氷10袋を買う。

先生は6袋持ってくれた。

優しすぎる。


「先生、後でお礼にお抹茶ご馳走します。」


「はいはい、楽しみにしています。

では頑張ってくださいね。」


喫茶店の前まで氷を運んでくれた先生は、後輩に氷を渡して行ってしまった。


「もーーー、ちょいちょい優しさがこぼれてるから、やだ。」


思わず愛未ちゃんの肩におでこを乗せてグリグリしながら呟くと、愛未ちゃんにヨシヨシされた。



その後は大きなトラブルもなく、1日目を終えた。

今日も残っている先生方にお抹茶を届けるため職員室に向かうと、真琴さんと話している福島先生がいた。

正確には、その輪の中には他にも数名の先生方が混ざっていたけれど、私の目には福島先生と真琴さんの姿しか映らなかった。


これは完敗だ。


すぐにそう思った。

初めから先生の恋愛対象になってないのなんて知ってたし、そうなりたいとも思ってなかった。

ただ、顔を見て、声を聞いて、たまに話せたら嬉しいって、それだけだと思ってたんだけど。


真琴さんと話す先生は、楽しそうだった。

そして、いつもの先生としての表情ではなく、福島透としての笑顔を浮かべていた。

この人はこんな顔で人を愛するんだな、と思ったら、先生への愛しさがどんどん、どんどん溢れてきてしまった。


この日、私はまた先生に恋をしてしまった。




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