14.
Side.透
毎日、必ず22時ごろに来ていたメールが、今日はまだ届かない。
忙しいのだろうか。
僕の返信がいつも淡白だから、いい加減に嫌になったのだろうか。
昨日のメッセージで、気に触ることを言ってしまっただろうか。
それとも、何かあったのか。
悶々としながら、それでもそろそろメッセージが届くかもしれないと、携帯をローテーブルに置いて待った。
23時、何かあったのかもしれない、会社帰りに以前みたいな不審な車に付き纏われているかもしれない、いや、ただ単に忙しくて忘れているだけなら良いんだ、と自分を納得させ、当たり障りのない言葉を送ろうとしばらく悩んだのち、”こんばんは。”とだけメッセージを送る。
既読は割と早くについた。
相手がタイピング中を示す表示が出ているから、佐々木さんが僕にメッセージを書いているのがわかりホッとしていると、体調不良だとの返事が届く。
いつも気を遣ってばかりの佐々木さんが、いつもの時間にメッセージを送れないほどの体調不良なのだろうかと心配になり、さらに詳しい病状を尋ねると、熱を出したとの返事だった。
僕に何かできることがあるなら、遠慮せずに頼って欲しいと思った。
それと同時に、ゆっくり休んでもらいたいとも。
早く元気になりますように、との願いを込めて、チャットを終えた。
翌々日の土曜日、昨日も佐々木さんからの連絡がなかったので、かなり体調が悪いのかもしれないと心配になり、昼過ぎに電話をしてしまった。
電話にでた佐々木さんの声はかなり掠れていた。
こんなに声が枯れているなら、余程しんどい思いをしたのだろうと、胸が苦しくなる。
熱もまだ続いているし、食欲もないと言うので、何か喉に通りやすいものをお見舞いとして持っていきたいと思い、何か欲しいもの、食べたいものはないかと聞いたのに、佐々木さんは僕と話をしていたいと言った。
その一言は、僕を震わせた。
なんてすごいことを言うんだろう。
こんなに純粋な好意を示されたことなんて、今まで無かった。
これまでも、佐々木さんと話をすると胸がチクチクする事があったのだが、今回はその比ではなく、まるでギュウっと締め付けられるかのようだった。
そして、なにも考える事なく、本当に自然に、治ったら出掛けようとの言葉が口をついて出ていた。
嬉しそうに返事をする佐々木さんの声から、頭の中に彼女が今しているであろう表情が浮かんできて、温かい気持ちで通話を終えた。
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マンションに戻ると、換気のために窓を開けてから、そのままソファに体を預ける。
佐々木さんのご自宅から帰るために車に乗り込んだ時、車内にはまだ佐々木さんの残り香が漂っていた。
甘い香り。
一気に酔った感覚に陥ったが、慌てて理性を働かせると、車の脇に見送りに来てくれている佐々木さんに挨拶するために車の窓を開けた。
両手をパタパタと振っている姿をミラーで確認しつつ角を曲がってから、大きく息を吐く。
認めるしかない。
僕は佐々木さんに惹かれている。
いや、惹かれている、なんて生やさしい気持ちではなく、焦がれている。
ソファにもたれかかり目を閉じていると、昨日と今日の佐々木さんのいろんな表情が浮かんでは消えていく。
どの表情の時も、眼差しに僕への想いが乗っていて、それを確認するたびに安堵したり喜びが湧いてきた。
彼女と過ごした時間は優しく穏やかで、思いやりに満ちていて、この時間がこれからも続けば良いとも思った。
もし佐々木さんと付き合い、その結果、また他に好きな人ができたと別れを告げられたとしても、もういい。
その瞬間まで、きっとこれまで感じることのできなかった幸せと喜びをもたらしてくれるだろう。
だから、もう一度だけ、これが最後の恋愛をしてみよう。
目を開いて、携帯を手に取った。
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Side.しおり
ダイニングテーブルに突っ伏して、これまでの先生とのチャットを読み返している。
だけど、携帯の中の全ての文面よりも、この二日間、一緒に過ごして得たものの方がはるかに大きくて、前みたいに文面を見るだけでニヤニヤできなくなっていた。
ドライブ中の姿が素敵なところ。
カップを作る真剣な表情が、実はセクシーなところ。
長澤さん達と話す気楽な顔つき。
美味しそうにご飯を食べるところ。
絵が得意ではないと言った、少し恥ずかしそうな表情。
大雨で少し焦った顔。
帰れなくなるかもしれないと心配してくれたところ。
長澤さん達との宴会での、少し赤くなった顔。
作務衣姿がとても似合ってて、かわいいこと。
おやすみなさいって、顔を見て伝えれた事。
朝一番に会えた事。
好きなパンが似ているところ。
先生の作るのんびりとした時間が居心地良いところ。
小首をかしげる姿が、可愛いところ。
ちゃんと親に会って、挨拶してくれた事。
目の前のダイニングテーブルに座っていた事。
昨日と今日で、これまでよりずっと沢山の福島先生のことが知れて、でもきっとまだ知らない部分も沢山あって、これからももっともっと知っていきたくて。
まだダメかな。
まだ、先生はお付き合いしてくれる気になれないかな。
一緒にいる間、先生は楽しそうにしてくれていたけど、私と付き合ってもいいなって少しでも思ってくれてたらいい。
もし少しでも思ってくれてたのなら、まだ頑張れる。
「しおりちゃん、福島先生は素敵な人ね。」
母が、テーブルにしがみついてる私の肩をポンと叩いて、目の前に座った。
「そうなの。」
素敵な人っていう評価を、かけがえのない存在である家族からしてもらえて、じんわり胸が熱くなる。
先生の素敵なところを、余す所なく紹介したくなって、突っ伏していた頭をガバッと上げたところで、私の携帯が鳴った。
先生からだ。
きっと無事にマンションに着いたことの連絡だと思う。
それはそれで、とても嬉しい。
けど、やっぱりもうダメだ。
先生への好きの気持ちを抑えきれない。
もう一度、先生に伝えよう。
そう決心して、着信の鳴る携帯を手に取った。
END