12.
高速道路を降り有料道路を抜ける頃には、青葉が繁る山々が辺りいっぺんに広がっていた。
「あと20分くらいで着きますよ。」
運転席をチラッと伺って、はい、とだけ答える。
いやね、本当は気の利いた会話をしたいんですよ、私だって!
だけど!!!
なんで、運転してる福島先生って普段の5割り増しでかっこいいの!?
緊張しちゃって、言葉が出ないんだけど!?
やだ、もう、ほんと。
ハンドルを握る少し筋張った腕とか、真剣な表情で運転する姿とか、穏やかに車を走らせる所とか、信号待ちの時にこちらに顔を向けて話しかけてくれるとことか!!!
キュンが止まらないったら!
実は好きな人の車に乗せてもらうなんて人生初めてで最初は浮かれてたんだけど、狭い空間に二人でいるって状況に段々緊張してきちゃって、あと先生の素敵なところが満載すぎちゃって、本当に息が絶えそう。
なるべく意識を外の景色に向けようと頑張ってるんだけど、目の端に映る先生の手がね。
離した意識を瞬間で引き戻すんですよ。
ブラックホール並みの力で。
世の中の好きな人の車に乗ったことのあるみなさ〜ん、どうやってこのトキメキを抑えることができますか〜?
そんな脳内がおかしなテンションになっている私を乗せた車は、どんどん山の中へと入っていった。
先生が歴史を感じさせる日本家屋の横に車を停め、エンジンを切ったので車を降りる。
外の空気を思いっきり吸ったら、さっきまでのおかしなテンションがやっと和らいでいくのを感じた。
木々から覗く空には雨雲がどんよりと浮かんでいる。
雨は止んでいるものの、さっきまで降っていたのだろう、剥き出しの地面はぬかるんでいるが、空気が澄んでいて気持ちがいい。
しばらく周りの景色をぼんやりと眺めていたら、玄関から頭にタオルを巻いた男性が出てきた。
「よぉ!
遠いところ、お疲れ!」
「ああ、久しぶり。
今日はよろしく頼むよ。
彼女は佐々木しおりさん。
佐々木さん、彼が幼馴染の長澤です。」
先生が紹介してくれたので、長澤さんに向かってお辞儀を一つ。
「はじめまして、佐々木しおりです。
今日はお世話になります。」
「長澤浩二です。
福島とは幼稚園から高校までずっと一緒でね。
アルバムとかもあるから、後で見ような。」
ニヤッと笑った長澤さんの心惹かれるお誘いに、是非っと食い気味に答えてしまったのは仕方ないと思う。
ははは、と豪快に笑った長澤さんが工房の中へと案内してくれた。
お邪魔した工房の壁には沢山の棚が作られていて、成形されたばかりの器だったり、乾燥させたものだったり、素焼きのもの、すでに絵付けされたもの、完成品などが所狭しと並べられていた。
「今日は、まずは粘土で好きな形のを作ってもらって、それから午後には、そっちの素焼きから好きなの選んでもらって絵付けをしてもらおうと思ってるんだけど、どう?」
「うわぁっ、いいんですか!?
嬉しい!」
粘土を捏ねて器を作るだけでも楽しそうなのに、絵付けまでさせて貰えるって、凄い!
「先生は何を作りますか?」
ワクワクした気持ちで先生に尋ねると、先生は手を顎に当てて少し考える仕草をしたのち、じっと私の顔を見た。
「コーヒーカップと小皿にしようかと思います。
佐々木さんは?」
「私は、父にお猪口と母にケーキ皿を作りたいと思ってます。
だけど、不器用だからちゃんと出来るかなぁ。」
そんな私たちの会話を聞いていた長澤さんが、フォローするから大丈夫だと請け負ってくれた。
それから、私たちはしばらく無心になって創作をした。
ケーキ皿は楕円の小ぶりのものをイメージしていて、特に難しい作業が無いのでサクッと作れたが、お猪口はろくろを回してつくるのでなかなか上手くいかず、小ぶりなお茶碗くらいの大きさになってしまったり、分厚すぎたり、薄くしようとして何回もグチャっとさせてしまった。
最終的に長澤さんに整えてもらって、素敵な形の物ができて大満足!
先生はどんな具合かと気になって、ろくろのある場所から先生のいる作業台に後ろから近づくと、コーヒーカップの取っ手をつけているところだった。
スズランの花のような柔らかな曲線のフォルムのコーヒーカップ。
取っ手の下の部分をクルンと跳ねさせて付けていて、とっても可愛い。
「先生、陶芸もお上手なんですね。」
集中しているところに後ろから突然声をかけたせいでびっくりしたのか、親指を当てていたカップのふっくらしている部分が少し凹んでしまった。
「うわああああ!
先生、すみませんっ!!!」
私の謝罪に振り向いた先生は、苦笑しながら大丈夫ですよと慰めてくれたけど、すごく上手に仕上がっていただけに、申し訳なさでいっぱいになった。
「これが手作りの良さなんだから、がっかりする事ないですよ。
思い出も込みで、愛着のわく器になるんです。
なあ、福島。」
近くに来た長澤さんが、先生のコーヒーカップを手に取る。
「ええ。
この凹みを見るたびに、佐々木さんに驚かされて付いた跡だと、今日の日を懐かしく感じると思いますよ。」
それは、この先私が先生と一緒にいられなくても、先生のおうちに私との思い出が残ることになるということで。
そう考えると、なんだか恥ずかしくなった。
だけど、やっぱり嬉しくて。
えへへと笑って、はい、と返事した。
「それじゃあ、キリもいいし、一旦お昼休憩にしましょうか!」
工房の隣は、長澤さんのご自宅だという事で、そちらに移動して食事をいただくことになった。
ご自宅で沢山のお料理を用意して待っていてくださった奥様の瑞穂さんは、なんと先生や長澤さんの高校の同級生だそうで、高校時代のエピソードを面白おかしく話してくれた。
長澤さんの美しい器に盛り付けられた瑞穂さんの美味しいお料理と、3人の気安い会話が楽しくて、また小学校から高校までの写真を見せてもらい、小さい頃の先生の話で盛り上がったりして、みんなして時間を忘れてしまった。
小学校の卒アルに写る先生ったら、メガネをかけてて、ちょっと生意気そうで、それはもう大層かわいらしかった。
携帯で写真を撮って保存したいくらいに…。
「ありゃ、小休憩のつもりが、随分時間がたっちゃったな。」
時計を見て驚いた声を出す長澤さんの一言に、みんなしてハッとし、慌てて工房に戻った。
絵付けの説明を聞いて、どんな色をつけようか想像していると、急に木々がざわつき始め雨が降り始める。
「本格的に降り出したかなぁ。」
長嶋さんは、窓の外を見ながら呟いたけれど、直ぐにこちらを向いて絵付けのアドバイスをくれた。
長澤さんの焼いた素焼きのお皿を前に、どんなデザインにしようかとあれこれ思案しつつ隣の先生を見ると、すでに絵付けを始めていた。
先生はお皿に縁取りをしたあと、中心から放射線に線を引いている。
焼いたらどんな色合いになるんだろう、興味津々で先生の手元を見ていたら、先生が私の視線に気づいて目が合った。
穏やかな笑顔を向けられたので、ドキッとしてしまう。
「デザインが決まりませんか?」
「そうなんです。
絵にしようか模様にしようかで迷ってて。」
「ふふ、僕は絵の才能がないので、線しか書けませんけど、佐々木さんはよくノートにイラストを書いてましたよね。
せっかく絵が得意なのですから、それを活かしてはどうでしょう?」
!!!
「覚えていてくれてたんですか?」
「佐々木さんのノートは、とても見やすく作られていたので、感心していましたからね。
大事なポイントは吹き出しにして一目瞭然にしていたり、イラストをつけてメモを取ったり、色分けしたりしていたでしょう。
良いノートの取り方として、他の生徒に紹介したいくらいだったんですよ。」
高校生の頃の私、すごいぞ!!!
真面目にノート作っていて、良かったよぉ!
「えっと、じゃあ、その頃を思い出してみます。」
照れる。
顔がニヨニヨしそうで、かなりマズイ…。
口元にギュッと力を入れて、お皿に向き直った。
できた!
お皿を両手で掲げて、上から、横から、斜めから、チェックを入れる。
午前中に作ったケーキ皿とお猪口は乾燥させたのち焼くので、完成までしばらく時間がかかるけど、絵付けのお皿はなるべく早く焼いて、出来上がり次第自宅に送ってくれるとの事。
楽しみだな。
ワクワクしながらお皿を長澤さんのところに持っていくと、先生と長澤さんが深刻な顔をして窓から外を眺めながら話している。
「長澤さん、出来ました。」
「ああ、はい。
お、良い感じじゃないですか!
では、そこの棚に置いてくださいね。
次の窯入れの時に一緒に焼きますから。」
はい、と返事をして、先生のお皿の隣に置かせてもらうと、先生から声をかけられた。
「佐々木さん。
さっき、天気予報を確認したんですけど、これからこの辺りは雨足が激しくなってきそうなんです。
高速に乗る前の有料道路が通行止めになると、帰るのが困難になるので、急いでここを出ましょう。」
「っ!
わかりました!」
窓からちらっと外を伺っても、それほど心配するような降りには思えなかったけれど、山の天気は崩れやすいと言うし、先生も気にしているので、慌ててエプロンを外してジャケットを羽織った。
長澤さんと瑞穂さんに慌ただしく別れの挨拶を済ますと、先生の車に乗り込む。
「急がせてすみません。」
車を発車させながら、先生が申し訳なさそうな顔をするので、とんでもない、と首を横に振る。
「とても楽しい時間を過ごせましたし、天候の変化は仕方のないことですから!」
「あの有料道路は、そもそも20時から6時まで夜間通行止めになるし、大雨や強風警報が出ても止まるそうで。
とりあえず、安全運転で行きますけど少し急ぎますね。」
「はい。よろしくお願いします。」
山道を下り一般道に出る頃になると、確かに雨足がずっと強くなっていた。
しばらく走らせていると、空が一瞬明るくなり、数秒後には雷鳴が轟く。
先生はラジオからの交通情報を聞いて、私も携帯で確認しながら車を走らせていたが、有料道路まで残り数キロというところで大雨警報が出されて通行止めになったことを知る。
「夜間通行止めの20時まで、あと4時間と少し。
その間に警報が解除されると良いんですけど。」
路肩に車を寄せて一時停止し、ハンドルに両腕を乗せて、その腕に顎を乗せるというあざとかわいいポーズの先生が、フロントガラスを叩く雨を眺めながらつぶやいた。
雨はますます勢いを増し、雷の回数も増えてきた。
その時、先生の携帯が鳴り、画面に長澤さんの名前が表示されているのが見てとれた。
「はい。
…ああ、うん、今近くまで来たんだけど。
うん、そう。
え? ああ、そうなんだ。
それはありがたいけど、うん、うん、じゃあ聞いてみるよ。
わかった、じゃ、一旦切るよ。」
通話を切った先生は、少し迷った表情をした後、話し始めた。
「今、長澤からの電話で、天気予報ではこのあたり一帯は今夜まで大雨が続くそうなんです。それで、良ければ長澤の家で泊まっていったらどうか、と提案されました。
ただ、いきなりのことで宿泊の準備もないですし、ご家族も心配されるでしょうから、佐々木さんの意見を尊重したいと思っています。
時間はかかりますが、下道からだって帰れます。
どうでしょう?」
お泊まり!?
眠そうな先生や、寝起きの先生を見れるチャンスなんじゃない!?
長澤さんご夫婦と先生のお話ももっと聞けるし、なによりずっと先生と過ごせる!!!
はっ、ヤバい、ちょっと興奮しすぎた。
落ち着け〜、落ち着け〜。
「あの、私は全然構わないですけど、一応母に連絡しても良いですか?」
「もちろんです。
僕からも、お母様に状況を説明させて下さい。」
そこで、母に連絡を入れると、呆気ないくらい簡単に了承を得られたが、長澤さんご夫婦によろしく伝えたいから、そちらに着いたらもう一度かけ直しなさいと言われた。
それから私たちは、土砂降りで視界が悪くなった道を引き返し、この辺り唯一のコンビニで必要なものを買い込んで、長澤さん宅へ戻った。
***********
わはははは!!!
外では雷が鳴り響く中、お座敷からは長澤さんの大笑いと、先生のクスクスという笑い声が聞こえてくる。
「あの二人、なんだかんだ昔っから仲が良くて。
でも、浩ちゃんがこんな山奥で暮らし始めたもんだから、福島君とは年に一回会えれば良い方だったの。
だから浩ちゃん、今日は嬉しくって仕方ないみたい。」
ちらっと座敷に目を向けた瑞穂さんは、嬉しそうにおつまみの追加を作っている。
私もお手伝いしようとキッチンにいるのだが、瑞穂さんの手際の良さになす術もなく、お盆をもって出来上がりを待つ。
「瑞穂さんは、高校生の頃から長澤さんとお付き合いされていたんですか?」
「ううん、違うの。
クラスは一緒だったんだけど、どっちかと言えば福島君と話す方が多かったくらい。」
「え?
てっきり高校からのお付き合いで結婚されたと思っていました。」
そう思うよねぇ、と笑った瑞穂さんは、冷蔵庫から新たな野菜を取り出し、もう一品作り始める。
「実はね、福島君と付き合ってた子が私の友達だったの。」
ドキッとした。
先生が以前してくれた話を思い出したからだ。付き合ってる間に他に好きな人ができたと別れを切り出されたという彼女。
「高校を卒業した後で、その子は福島君と別れたんだけど、別れ方が良くなかったんだよね。
で、それに怒った浩ちゃんがその子を呼び出して、その場に私も居て、話し合ってるうちにこっちがくっついたという、ね。」
「へぇ…。」
その元彼女、瑞穂さんたちにとってはキューピットかも知れないけど、福島先生を裏切ったのは許すまじ!!!
一人で憤慨していると、瑞穂さんが私を見てクスッと笑った。
「しおりさんは、福島君といつから付き合ってるの?」
瑞穂さんの言葉に、一瞬言葉に詰まった。
「いやっ、付き合ってないです!」
ただの片思いです、と心の中で付け加える。
「えええ!?
うっそだぁ!?」
「いえ、ほんとに。」
残念ながら…。
「福島君が、随分としおりさんのこと大切そうにしてるから、てっきりそうだとばっかり思ってて。
なんか、下世話なこと聞いちゃってごめんなさいね。」
「そんな!全然です!!」
瑞穂さんはフライパンの食材を炒めながら、すこし気まずそうな表情をした。
「だけど、福島君としおりさん、二人ともほんわかしてて、傍目から見たらお似合いなのよね。」
え!?
それは、めっちゃ嬉しい!!!
ちょっとモジモジしてたら、瑞穂さんはフライパンのおかずをお皿に移していたので、気持ちを切り替えてそれらをお盆に乗せ、先生のところに戻った。