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11.

ここのところ急に冷え込んだし空気が乾燥しているからだろうか、電車内やオフィスで咳をする人が増えている。

かくいう私も、週明けから喉がイガイガしていたのだが、木曜日にとうとうダウンしてしまった。


「あら〜、お熱高いわねぇ。

病院に行って、お薬もらってきましょ。」


母が持つ40度を示す体温計に、小学生以来の数値だと少々ビビりながら簡単に着替えを済ませ、母運転の車に乗り込んだ。






「インフルエンザですね。

診断書出しときますんで、会社は休んでください。」


インフルエンザだったか。

道理で、しんどい…。

ていうか、インフルエンザって聞いて余計しんどい。

そして、鼻づまりも酷いし、喉も痛い…。


お母さんに薬を取りに行ってもらっている間、後部座席で横になっているうちに眠ってしまったようで、起こされた時は既に家の前だった。


そのまま自室のベッドにダイブしたかったけど、お薬を飲まなくちゃいけないのでプリンだけ食べて、ベッドに入った。







顎の骨がギュウって握られてるみたいに痛くて目が覚めた。腿も腕も、ギュキュっと締め付けられてるように痛い。

寒気もあるから体を丸めたいのに、節々が痛むせいで、うまいこと身体を動かすことができなくて、泣きそう。


窓の外が薄暗いので、だいぶ寝ていたのだろう。

解熱剤を飲んだのがお昼頃だったので、そろそろ効果が切れたのかもしれないと、サイドボードに置いてあった体温計を引き寄せて熱を測ると、やはり39度を超えていた。


お薬、飲まなきゃ。

その前に、何か食べなきゃ…。

そう思うものの、体温計を元の場所に戻して力が尽きた。






ポロンとメッセージ受信音が鳴り再び目を開けると、部屋のランプが付いていて薄ら明るくなっており、サイドボードの上にはお粥と麦茶が乗っていた。


はぁはぁと自分の口から出る息が熱い。


上半身を起こし、なんとかお粥を数口食べてから薬を飲む。


そのまま携帯を手に取り、画面を開いて時間を見ると23時過ぎていた。

そしてメッセージが届いていることを伝えるバナーが一つ。


"こんばんは。"


たったそれだけのメッセージ。

だけど、私からではなく初めて福島先生から送ってくれたメッセージだ。



いつもの3倍くらい時間をかけて文字を打つ。

何度も打ち間違えたし、予測変換では正しい漢字の隣をタップしてしまうというミスを数回繰り返し、修正しつつなんとか作成した文章を送信する。


"こんばんは。

今日は久しぶりに熱を出してしまい、さっきまで寝ていました。

先生もお身体に気をつけてくださいね!"


この文章なら、あまり先生に心配掛けずに済むだろうか。


先生は、私がいつもの時間にメッセージしてこなかったから、きっと心配してくれているんだと思う。

だから、大したことはないけど体調不良だったとだけ、軽い感じで伝えたい。


"風邪ですか?

病院には行きましたか?"



先生からは、すぐに返信が来た。



"午前中に行って、お薬もらってきました。"



文章の後に、聴診器と薬の絵文字も入れておく。



"もし何か欲しいものがあったり、助けがいるようでしたら、いつでも言ってください。"


"ありがとうございます。

今週末、先生をデートに誘えないのが悲しいです。"


文章をなんとか書き込み、泣き顔の絵文字も

添えた。


先生からは、ゆっくり休むようにとのメッセージが届いたが、それに返事をする前にまた眠ってしまった。





翌日の金曜日も熱は下がらず、骨の節々が痛み、鼻も詰まり、喉は痛いし咳も出るという苦行をなんとか耐え、翌々日の土曜日にはやっと37度台になった。


シャワー浴びたい、髪も洗いたい。


そんな事を思いながら、母特製生姜スープを飲んでいると携帯が鳴った。

着信なんて珍しいと、宛名を見ると先生からで、慌てて通話ボタンを押した。


「もしもし…」


『!

凄い声じゃないですか…。

大丈夫ですか?』


「はい…」


『いえ、間違えました。

大丈夫な訳ないですよね。

今、熱は?』


「あの、今日はやっと下がって」


『何度ですか?』


「7度8分です。」


『まだ高いですね。

食欲はありますか?』


「えっと、はい。」


『佐々木さん?』


「ホントは、まだあんまり…。」


『僕に出来ること、ありませんか?

何か欲しいものとか、食べたいものとか。』


「あの、あの、じゃあ、もう少しだけ、先生と喋っていたいです。」


『え?』


「あ、いえ、え、私、何言ってんだろ」



先生がふって笑う音が耳に届いた。



『そんな事でしたら、どうぞご遠慮なく。

僕と話をする以外では、何か無いですか?』



電話越しに聞く先生の声が優しくて、私を甘やかしてくれているようで、なんだか涙が滲む。

そんなの気のせいかもしれないけど、嬉しくてたまらない。


「先生と話せるだけで、充分です。

元気になれます。」


目尻に溜まった、幸せがいっぱい詰まった涙をぐいっと拭った。


少し間を置いた先生が、じゃあ、と言ったから、これで通話が切れてしまうのかと思ったら。


『じゃあ、佐々木さんの体調が良くなったら、どこか出かけましょうか。』


「え?」


『どこでもいいですよ。

特に無いなら、僕のおすすめの場所を案内しても良いですし。』


「ホント?

ホントに、先生?」


『はい。

元気になったら。』


「なる!

ううん、もうなった!」


ふふって声が聞こえてきて、じゃあしっかりご飯を食べて、ゆっくり休んで、来週末までに万全の体調にして下さいって言うから、なんで次の週末が1週間後なんだろうって、本気で悔しくなった。


でも、インフルエンザをちゃんと治したら、先生とデートだ!


「先生、ありがとう。

楽しみにしてる。」


『うん。

でも、無理はしないでくださいね。

ちゃんと万全の体調に戻ったら、ですよ。』


はい、と返事をして、それから少しだけ雑談をして通話を終えた。



この辛い3日間は、このご褒美のためだったんだろうか。

まさか、先生とデートできるなんて!

インフルエンザ、万歳!!!


楽しい気持ちになったら、なんだか力が湧いてきた。

生姜スープをお代わりするため、カップを持ってベッドを降りた。





***********





"明日は、やはり雨のようですね。

お寺歩きは難しいかもしれないです…。"


金曜日の22時、しょんぼり顔のスタンプと共に先生にメッセージを送る。


先生との通話を終えてから今日まで、ずっと週末のデートプランについて考えていた。


先生とはのんびりとしたデートがしたいから、お庭のきれいなお寺を散策して、その後は近くの商店街をふらつきつつ海まで行って、海鮮を食べて帰るってプランを立てていて、先生にも同意をもらっている。


だけど、雨なら考え直したほうがいい…。



一応、プランBとして雨の日用の予定も考えてはいたけれど、当初のプランの方が気に入っていたので、それを先生に提案しづらかった。


どうしようかと迷っていると、先生からメッセージが届く。


"陶芸には興味がありますか?"


"はい。"


"僕の幼馴染が隣の県で窯を構えているんですけれど、もし興味があるなら焼き物体験しに行きませんか?"


"え、したいです。

お皿とか作ってみたかったし、お父さんのお猪口とかも作りたいです。"


"じゃあ、明日は僕が車を出しますから、ドライブがてら行きましょうか。"


(!?!?!?)

"良いんですか?

私は、とても嬉しいです。"


"では、9時頃に迎えに行きますね。"


"いえ、車を出していただけるのに申し訳ないです。

私が先生のマンションに伺います。"


"どちらにしても、佐々木さんのお宅の方面に走ることになるので、ついでですよ。

お気になさらず。"


"わかりました。

では、甘えさせていただきます。"


"そうして下さい。

では、また明日。"


"はい。

楽しみにしています。"




え、まさかのドライブデート!?

先生の運転で???


ひゃ〜〜〜!

やだ、どうしよう、緊張する!

嬉しいが過ぎるんだけど!!!


陶芸も、先生のおうちのコーヒーカップが素敵で、最近興味を持ちはじめたところだし!



思いもよらない展開だったが、当初のお寺歩きより100倍楽しみになった明日のデートのため、新たに服を選び直し、特別な日用のちょっとお高めのパックもして、早めに布団に入った。

(だけど、興奮して結局いつもより遅い時間まで眠れなかった…。)







翌朝、アラームと共に、ザーザーという雨音が聞こえてきた。

アラームを消した後、布団の中でしばらくその雨音に耳を傾ける。


この雨のおかげで、先生の運転する車に乗せてもらえるのだから、感謝しかない。

いつもだったら疎ましく思う雨が、こんなに尊く思う日が来るとは思わなかった。



しばらく外の音を楽しんだ後起き上がり、洗顔や歯磨きを済ませて、昨夜決めておいたデニムとシャツ、カジュアルジャケットに着替える。

ヘアスタイルは土いじりに最適なお団子だ。

さささっとナチュラルメイクを施し、学生の頃以来使っていなかったエプロンをバッグにしまって、準備万端。

1階のダイニングに降りていって、母が握ってくれたおにぎりを一つ食べて時計を見ると、8時を過ぎたところだった。


まだかな。

まだかな。


気持ちが急いているせいか、時間が進むのが遅く感じる。


そうだ爪を切っておこう。

伸ばしていたけど、陶芸には邪魔だと思うから。


あとは、あとは、あとは…。


「も〜う、しおりちゃんたら。

少し落ち着きなさいよ。」


母が、呆れた表情でこっちを見ていた。


深呼吸してリラックスなさいな、というアドバイスに従いスーハー、スーハーしていたら、気持ちが落ち着いてきた。


「ママン、ありがとう。

ちょっと落ち着いた気がする。」



お礼を述べると、笑みを浮かべた母に、あなたは笑顔が一番よって言われたので、特大スマイルを母に向けた。

もう、先生が来るまでこのままでいて、表情筋をキープしとこうか、なんてバカな事が頭に浮かぶほど、浮かれている自分のほっぺたをパシンっと一つ叩いた。




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