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早速ルーカスは客室に案内された。手入れの行き届いた立派な部屋だ。伯爵家は歴史が長く代々この領地を治めている。だがルーカスは少し違和感を覚えた。お屋敷の規模の割に使用人が少ないのだ。
部長は家族が少ないと言っていた。使用人もそう多くは必要ないのだろうか。しかし伯爵家には子供が一人いるはず。確か幼少期から病弱で療養していると聞いた事がある。その子はどうしたのだろうか。ふと疑問に思った。
客室に備え付けられている重厚な執務机で、本日視察した街の様子をまとめていると部長が訪れた。
「早速資料をまとめているのかい?真面目だなぁ。もう少し肩の力を抜いてゆっくりするといいぞ。」
ルーカスは根が真面目なので、普段尊敬している部長のこのような所は少し苦手だった。
「まだ終業時間内ですし、視察が目的ですので。」ルーカスは言った。
「ははは。そうだな。ではこちらにも目を通しておいてもらおう。そして明日は鉱山と加工工場を見学しよう。」
渡された資料はこの領地の財政の書類だった。書類を見て驚いた。今まで見たことの無い書式で誰が見ても、とてもわかりやすいのだ。
「この書類は伯爵夫人が作成されたのですか?」ルーカスは少し興奮して言った。
「え…ああ。」
「素晴らしいですね!」
「では、一時間後に使用人が迎えに来るので、夕食を一緒に取ろう。」
「ありがとうございます。」ルーカスは頭を下げた。
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ケインという従者が迎えに来た。伯爵家専属の護衛騎士らしい。屈強な体つきをしている割に所作が洗練されている。気になったので聞いてみたところ、この伯爵家で色々な役割をこなしているらしい。
(財政難でもないのに何故だろう。)
使用人の少なさに再度疑問を抱いたルーカスだった。
食堂では伯爵家当主である部長と伯爵夫人が既に待機していた。ルーカスは部屋を見回した。
(部屋の隅に猫用のバスケットがあるな。)
(リアはいないのか…)
そしてケインに席を案内され腰掛ける。
「さぁ。皆揃ったのでいただこう。」部長は言った。
「いただきます。」
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料理はどれも美味しかった。特に特産の乳製品を使ったクリームシチューが絶妙な味わいだった。
食後のデザートをいただきながらルーカスは聞いた。「普段リアはどちらにいるのですか?食堂には来ないのですか?」
伯爵夫人は「リアの部屋があるの。大体そこにいるわ。」
「猫専用の部屋?!どんな部屋か見てみたいです!」
「行ってみても良いですか?」ルーカスは興奮して言った。
「リアはレディだからダメだよ。」
「リアに会いたいなら応接室に来なさい。」
いつになく低い声で部長は言った。
「ではこの後よろしいですか?」
「リアの気分次第だな。」部長は目を閉じて言った。