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セシリアは若い頃(と言っても五年前)十三歳の時に一度だけ王都に行った事がある。入学する望みを捨てた貴族学校を遠くからでもいいので、どうしても見てみたいと思ったのだ。
今まで我儘を言わない大切な一人娘のお願いを両親は心配しつつも承諾した。
とにかく急に猫になってしまっては大変なので、セシリアの事情を知っている侍女のマリアとその夫伯爵家専属騎士のケインと一緒に行く事になり、普段父が過ごしている王都のタウンハウスに向かった。
やはり馬車の中で猫になってしまった。その時のために侍女のマリアはふわふわのブランケットが入った蓋付きのバスケットを持ち歩いている。
猫に変化する時は突然で予測できないが、人間に戻る時は、だるさが来てから戻るので何となくわかる。さすがに戻る時にバスケットの中にいると大変な事になるので、猫のセシリアは蓋をカリカリしてマリアに伝える。
ちなみに猫から人間に戻っても着ていた服は元通りだ。唯一魔女の優しさだと思っている。
タウンハウスに到着し、セシリアと同じ黒髪の父が出迎えた。
「よく来たね!」
「にゃあ!」(お父様!)
「あぁ。馬車の中で猫になってしまったか。」
「にゃにゃー!」(三週間ぶりに会えて嬉しい!)
美しい毛並みで薔薇色の目の黒猫セシリアはバスケットから飛び出し、父に張り付いた。
「おお!相変わらず可愛いなぁ。」
父は目尻が下がりっぱなしだ。
黒猫セシリアの中身は人間のセシリアなので、言葉はわかるが、人間の言葉は話すことは出来ない。ただ猫の特性なのか、人間の時と正反対でやや活発で奔放になる。
伯爵家の一人娘のセシリアが猫に変化することは、一族の一部の者ととほんの一部の使用人しか知らない。領地ではのんびり過ごしているが、何せ王都は人が多い。絶対に他の人には知られてはならない。
その日は人間には戻れず、細心の注意を払いピッタリ父に張り付いてタウンハウスで過ごした。早速、明日貴族学校を見に行く事になった。貴族学校は厳重な警備と、このような事情を話せないので外から見るだけだ。また、貴族学校の近くには自然公園があるので、そこでのんびり過ごす事に決まった。
翌日、猫のままのセシリアはバスケットの蓋を開け顔を出し、父と侍女のマリアと貴族学校の登校の様子を見ていた。後ろの方で一般人の服装をした騎士のケインが護衛をしている。
「にゃー」(とても立派な建物。)
「にゃにゃー」(たくさんの学生がいるのね。)
「にゃにゃ」(皆同じ服を着ているわ!)
「にゃっ…」(通ってみたいな…)
学校の門が閉まり、授業開始のベルが鳴る。セシリア達はぐるりと学校の周りを散歩した後、自然公園へ向かった。