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日常編7(何気ない日常)

朝のアラームが鳴る。

窓の外からは、夏の名残を感じさせる涼しい風が吹き込んでいた。


「健太ー! 早く起きなさい!」


母親の声が階下から響く。


——まあ、いつものことだ。


まだ寝ぼけ眼のままベッドから起き上がり、制服に着替える。


鞄を肩にかけ、リビングへ向かうと、そこには見慣れた光景が広がっていた。


母がテレビの前でくつろぎながら、菓子をつまんでいる。

画面には、若手俳優・篠宮涼介の姿が映し出されていた。


「……ああ、また篠宮涼介か」


健太は何気なく呟いた。

このところ、どこを見てもこの名前を聞く気がする。

12歳という若さでデビューし、その演技力とルックスで一気にブレイクした「奇跡の俳優」。


母は画面から目を離さず、感嘆の声を漏らした。


「ほんっと、この子すごいわよねぇ……17歳でこのルックスと演技力よ? 信じられる?」


画面の中では、涼介が涙を浮かべながら訴えかけるように相手役に語りかけている。

表情の作り方、声の震え、立ち振る舞い——確かに、17歳とは思えないほど完成された演技だった。


「へえ、まあ、確かにうまいな」


「あんたと歳変わらないのにね……それにしても、尋常じゃない色気よね…ルックスがすごいわよねぇ」

母は感心したように頷きながら、画面を指差す。

確かに、あまり人の顔の区別のつかない健太から見ても整った顔立ちをしている。


涼しげな目元と端正な顔立ち、それでいてどこか儚げな雰囲気がある。

それがまた、多くの人を惹きつけるのだろう。


「噂だと、追っかけとかすごいらしいわよ」

「へえ」

「それだけじゃないのよ。共演者との仲もいろいろと噂になってるの。ほら、桜井春香とか。噂になってるわよ。」

「芸能人ってみんなそんなもんだろ」


健太が適当に流すと、母は「もう、つまんないわねぇ」と笑いながら菓子をつまんだ。

その間も、テレビからは篠宮涼介の声が流れ続け、ふと画面が切り替わり、鴻上こうがみ財閥が営む食品会社のCMが流れた。


ーー何気ない朝のひととき。


その時の健太は、この日常のひとコマを何度も繰り返す事になるとは、まだ気づいていなかった。





食卓に並ぶいつもの夕食。

だけど、今日の食卓には、普段とは違う空気が漂っていた。


家族4人が座り、いつものように母さんの手料理を食べていたのに、なぜか緊張感がある。

兄が、妙に落ち着いてるせいかもしれない。


「俺、試用期間1ヶ月を経て、合格すれば1年間休学することになった。」


兄が静かに切り出した。

箸を持つ手が止まる。


「……なんで?」


思わず口にした俺の言葉に、兄は続けた。

「高宮裕奈のマネージャー補佐をやる。」


……は?


一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

食卓が静まり返る。


「……裕奈って、あの、高宮裕奈?」


俺が恐る恐る聞くと、兄は落ち着いた様子で頷く。


「そうだよ。小学校の頃、俺のクラスメイトだった裕奈。たまに話してたし、健太も幼稚園の頃ウチに来て遊んでもらっただろ?」


言われてみれば、なんとなく覚えている。

小さな女の子が家に来て、兄と遊んでいた記憶。

兄と同級生だったとは最近兄から聞いて知っていたが・・・。

でも、まさか——


「……いや、そりゃ覚えてるけどさ。まさかその子が国民的女優になるなんて思わないし、兄ちゃんがそのマネージャー補佐?をやるなんてもっと思わないじゃん。」


母さんも困惑したように兄を見つめる。


「渉、本当に大丈夫なの? 芸能界の仕事って大変そうだし、1年休学してもしダメだったらどうするの?」


兄は少し息を吐いてから、静かに言った。


「これが裕奈の役に立つ最後のチャンスかもしれない。それに……俺も、彼女を支えたいんだ。」


その言葉に、父さんが腕を組んでじっと兄を見つめた。

「大学3年生っていえば、就活の準備だって始まる時期だろう? 今このタイミングでそんなことをして、もし1年間休学したら、復学して就職活動に影響はないのか? 1年遅れるんだぞ?」


父の言葉に、兄は少しだけ間を置く。

けど、すぐにしっかりとした口調で答えた。


「正直、不安がないわけじゃない。でも、俺にしかできないことがあると思うんだ。それに、もし失敗したとしても、それは俺の責任だ。」


兄の目は真剣だった。


……けど。


「兄ちゃん、マジでスゴいとは思うけどさ、1ヶ月でクビになったら笑い話にもならないよ?」


俺がからかうように言うと、兄は苦笑した。


「分かってる。でも俺、裕奈を見てると、昔の約束を思い出して……支えたいって気持ちがどうしても消えない。」


両親はしばらく沈黙していた。

兄の言葉をどう受け止めるか、考えていたんだろう。


父さんが、深く息をついて言った。


「——まあ好きにしろ。お前の人生だ。ただし、一度始めたことは投げ出すな。それだけは約束しろ。」


母さんも静かに頷いた。

「私たちは応援するよ。でも、何かあったらすぐに相談しなさい。」


兄はホッとした表情を浮かべて、深く頭を下げた。


「ありがとう。絶対に後悔しないよう、全力でやるよ。」


俺は、そんな兄を見て、呆れながら笑った。

「まぁ、せいぜい頑張んなよ。国民的女優の隣でヘタレな兄ちゃんが恥かかないようにな。」


「ヘタレって言うなよ。お前も助けてくれるんだろう?」

兄が苦笑する。


俺は少しだけ、考えた。

——兄がこんなに真剣な顔をするの、久しぶりかもしれない。


「まぁ……ね。家族だし。」

そう俺が言うと、兄ちゃんは満足そうに微笑んだ。


こうして、兄は家族の賛同と若干の不安を抱えながら、新たな一歩を踏み出すことになった。

このシーン前半の篠宮涼介については、拙作「篠宮涼介の数奇なる人生」の過去編を。

シーン後半の渉が高宮裕奈のマネージャー補佐になるところは、「二人で輝くとき」の試用期間編2を

ご覧いただければ幸いです。

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