日常編6(告白)
高2になり、春休み明けの初日。
健太はいつも通り学校へ向かい、いつも通りトラブルに巻き込まれそうになりながらも、なんとか無事に教室へたどり着いた。
だが——その日、いつもとは違うことがあった。
「おはよう、健太くん」
驚いて振り向く。
そこに立っていたのは、一人の少女。
健太の記憶の中にある彼女とは、あまりにも違っていた。
——大川陽菜。
幼稚園の頃からの幼馴染。小さい頃は一緒に遊んでいたが、成長するにつれて接点は減っていった。
それでも、陽菜が高校入学直後に事故に遭い、昏睡状態になったときはショックだった。
そこからは、たまに陽菜の病室に行き、様子を見ている。
それが——目の前の少女は、まるで別人のように元気な姿で立っている。
「……陽菜?」
健太の言葉に、彼女は微笑んだ。
「健太くん」
彼女は一歩近づき、まっすぐ健太を見つめている。
まるで空気が変わったような気がした。
健太は息をのむ。
確かに目の前にいるのは陽菜のはずなのに、どこか違う。
メガネを外し、艶やかに整えられた髪。
胸元に自然と目が行ってしまうほど、女性らしい豊かな曲線が見える制服姿。
それに加えて、ツインテール。
——ツインテール?
違和感が健太の脳を揺さぶる。
「健太くん、好きです! 付き合ってください!」
少女は輝くような笑顔で、まるで運命の相手に巡り会ったかのように告げた。
その言葉にクラス中がざわめく中、健太の思考は別のところにあった。
(……いや、待てよ。この見た目……どこかで……)
ふと、数週間前の記憶が蘇る。
——「可愛くて、胸が大きくて、ツインテールで……」
病室で眠る陽菜に向かって、冗談交じりに語った“理想の彼女像”。
そして今、目の前にいるのは——
外見は間違いなく陽菜。
でも、それ以外は——
まるで、あの日自分が語った“理想”をそのまま具現化したような存在だった。
ガネを外し、髪は艶やかに整えられ、表情には自信が満ちている。
かつての“目立たない少女”の面影はほとんどなかった。
「健太くん」
彼女は一歩近づき、まっすぐ健太を見つめ——
「好きです! 付き合ってください!」
教室中が更にざわめいた。
「……は?」
健太は固まった。
——いやいやいや、何が起こってるんだ!?
☆
「……いや、ちょっと待て。陽菜、お前……事故で——」
「うん。やっと目が覚めたんだよ」
陽菜は微笑みながら言った。
「先生にもちゃんと許可をもらったし、もう大丈夫。こうして登校できるんだから」
それは確かに喜ばしいことだった。
——なのに、何かがおかしい。
教室では、突然の展開にクラスメイトたちがざわめいていた。
「ちょ、え、今の告白マジ?」
「えっ、大川さんって事故で入院してなかったっけ?ってか、こんな可愛かったっけ!?」
「なんで健太? ……あ、いや、剣道強いし、顔も悪くはない。ワンチャンありうるのか……?」
「いや、でもあの『トラブル製造機』だぞ…?」
陽菜はいつの間にか、クラスの注目の的になっていた。
かつての目立たない少女は、今や整った容姿と自信に満ちた態度で、一瞬にしてクラスのアイドルとなっていた。
そして、そんな彼女が告白した相手が——よりによって生粋の「トラブル製造機」こと久住健太なのだから、なおさら騒ぎは大きくなる。
「えっと……陽菜?」
「なに?」
「いや……突然すぎるだろ。そもそも、俺たちは幼馴染で……正直、俺にとっては、妹みたいなもんだし……」
「……ふーん?」
陽菜はじっと健太を見つめた。
「それ、本当にそう思ってる?」
「え?」
「じゃあ……絶対に、健太くんを振り向かせてみせる」
そう宣言する陽菜の瞳は、不思議なほどに自信に満ちていた。
——その瞬間、運命の歯車が静かに動き始めていた。
⭐︎⭐︎⭐︎
陽菜の告白を断った翌日から——いや、その日の放課後から、彼女の猛攻が始まった。
「ねえ健太くん、週末デートしよ?」
「お弁当作ってきたよ。好きなものいっぱい入れたから、食べて?」
「今日は一緒に帰ろう? ……手、繋いじゃダメ?」
彼女は積極的に距離を詰めてくる。
元々美少女だった上に、かつてなかった押しの強さが加わり、教室では「大川と付き合わないとか正気か?」「健太、リア充爆発しろ」といった声まで上がるほどだった。
さらに、時には大胆な誘惑すらしてくる。
「ねえ健太くん、私……もっと近づきたいな」
そう言いながら、わざと密着して胸を当ててきたり、耳元で囁いてきたり——。
彼女が欲しかった健太は、何度もぐらつきかけた。
(いや、これ……普通ならもう落ちるだろ)
「もう付き合っちまえよ」
隣で竹刀を肩に担ぎながら、九条明が呆れたように言った。
「何が気に入らないんだ? あんな美少女にあれだけアプローチされて」
剣道部の稽古が終わったばかりの道場。健太は額の汗を拭いながら、深いため息をつく。
「……距離が近すぎたからな」
「は?」
「妹にしか見えないんだよ、陽菜は」
明は驚いたように竹刀を下ろした。
「妹……?」
「ああ。幼稚園の頃から一緒だったし、昔は守ってやらなきゃって思ってた。でもさ、急にこう……態度が変わって、積極的になられると、逆に違和感があるっていうか……」
「お前、色々面倒くさいな」
明は渋い顔をした。
そこへ、体育館の入り口から麻奈美が顔を出した。
「あ、健太。まだ帰ってなかったんだ」
「麻奈美? どうした?」
「いやさ、陽菜のやつが『今日もダメだった』って落ち込んでたからさ〜、健太に一言言ってやろうかと思って」
「何があったって……普通に断っただけだぞ」
「ふーん、そっか。……でもさ、陽菜、ホント変わったよね〜」
麻奈美はしみじみと言う。
「昔はあんなに引っ込み思案だったのにさ、今じゃクラスの人気者だし、何よりあんなガンガン行くなんてさー。私、最初見た時びっくりしたもん」
「……だよな」
健太も頷く。
「いや、俺だって混乱してるんだよ。昨日まで妹みたいだったのに、今日になったら急に……」
「いいじゃん、別に。好きって言ってくれる可愛い子がいるんだからさ、素直に受け入れちゃえば?」
麻奈美がニヤニヤしながら言うと、明もうんうんと頷いた。
「そうそう。お前、絶対もうグラついてるだろ」
「……まあ、な」
陽菜の容姿、仕草、甘えるような声。
一つ一つが男心を揺さぶるのは間違いない。
(いや、普通ならもう落ちてるだろ)
しかし——。
バシィィン!!
竹刀を振り切る音が道場に響く。
「……やっぱり剣道っていいよな。心が洗われる」
煩悩を払拭するかのように、健太は黙々と竹刀を振り続けるのだった。
彼には譲れないこだわりがあった。
——好きになった女の子と付き合って、エッチしたい。でも、ただ流されるように付き合うのは違う。
だからこそ、陽菜の積極的なアプローチを受けても、決して簡単には折れなかった。
だが、それでも陽菜は諦めない。
「……ふふっ、絶対に落としてみせるからね?」
彼女の瞳には、確信めいた光が宿っていた——。