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日常編5(理想の彼女)

それから、健太は頻繁に病院へと足を運ぶようになった。


学校が終わると剣道部の練習をこなし、帰り道に病院へ寄る。


陽菜の病室に入ると、そこには変わらず、目を閉じたまま眠る陽菜がいた。


「よう、陽菜。今日も話して良いか?」


ベッドの横の椅子に腰掛けると、健太は何となく、今日一日の出来事を話し始めた。


「朝、通学路でお婆ちゃんが転びそうになってさ、支えたら『いい子ねぇ』って頭撫でられたんだけど……そしたら、その後ろから男の人が出てきて『俺の婆ちゃんに手を出すな!』ってブチ切れられたんだよ。意味わかんないよな?」


反応はない。


「んで、学校行ったら行ったで、電車の中で痴漢騒ぎに巻き込まれてさ。俺が捕まえたんだけど、なんで俺まで駅員室に連れていかれんだよって話。俺、もうちょい自分の運の悪さを疑った方がいいのか?」


もちろん、陽菜は何も言わない。ただ、静かに眠っているだけだ。


「……あとは、あれだな。最近、彼女欲しいなーって思い始めてきたんだけど……」


病室には機械の規則的な電子音が響いていた。

窓から差し込む夕陽が、ベッドに横たわる陽菜の顔を柔らかく照らしている。


健太は椅子に腰かけ、肘を膝に乗せたまま、ぼんやりと陽菜の寝顔を見つめた。

彼女は何も言わない。ただ、静かに眠っているだけだ。


苦笑しながら、健太は頭を掻いた。


「でも、俺って好きになった子には彼氏がいるか、そもそも俺のこと恋愛対象として見てくれてないんだよなぁ。」


「これ、誰かが仕組んでるんじゃないかってくらい、ボタンの掛け違いが起こるんだよ。明にも『お前、絶対何かの呪いにかかってる』とか言われるし、麻奈美には『健太は恋愛運だけゼロなんじゃない?』って笑われるし……」


健太はふっと息を吐いた。


「理想だけはいっちょ前にあるんだけどな。……言って良いか?」

もちろん、陽菜は答えない。ただ静かに呼吸を繰り返している。


健太はベッドの傍で腕を組み、少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと語り始めた。


「まず、可愛い子がいいな。いや、そりゃ当然だろって話なんだけどさ。愛嬌があって、笑顔が可愛い子って、やっぱり魅力的じゃん?」


ふと陽菜の顔を見て、少し気まずそうに視線を逸らす。

「……まあ、陽菜も悪くないんだけどな。元々美人だし。」


健太はぼそっと呟いて、少しだけ笑う。

「前からずっと思ってたけどさ、お前、見た目を変えればめちゃくちゃモテると思うぞ。」


もちろん、陽菜は何も言わない。ただ静かに眠っているだけだ。


少しだけ気まずい空気を振り払うように、健太は咳払いをした。


「……あとは、胸が大きい子がいいな。」

わざわざ強調するように言ってから、苦笑いを浮かべる。


「いや、別に貧乳がダメってわけじゃないけどさ。やっぱ男としては夢があるだろ?抱きしめたときに柔らかい方がいいし……って、こんなこと病室で話すことじゃないな。」


バツが悪そうに頭をかく。


「あと、髪型はツインテールが好きかな。昔からツインテの子ってなんか可愛いなって思ってたんだよな。元気な感じがするっていうかさ。」


陽菜の髪を見つめる。


今は肩まで伸びたストレートだが、もしツインテールにしたらどんな感じだろうか、と少し想像する。


「で、俺のこと好きで、積極的な子がいい。あんまり恋愛に奥手なタイプだと、俺もどうしていいか分からなくなるしな。こう、グイグイ来てくれる方が楽っていうか……。」


ぼんやりと天井を見上げる。


「まあ、俺も誰でもいいわけじゃないんだけどさ。結局、俺が好きになった子と付き合って、いずれは……って感じが理想なんだよな。」


そう呟いたあと、ふっと笑う。

もちろん、陽菜は何も言わない。ただ静かに眠っているだけだ。


健太は少し寂しそうに目を伏せ、そっとベッドの柵に寄りかかった。

しばらく彼女の寝顔を見つめて、健太は静かに息をつく。


「……早く目を覚ませよな。」

小さく笑いながら、彼は続けた。

「また色々と話そうぜ。」


優しくそう言うと、健太は立ち上がり、ベッドを見下ろす。


「……じゃあ、また来るわ。」

そう言い残して、健太は静かに病室を後にした。


ーーベッドに寝ている陽菜は心なしか笑みを浮かべている様に見えた。





「お前さ、本当に普通の人間か?」

昼休み、明が呆れたように言った。


「普通の人間が普通に生きてるだけだっつーの」

健太は弁当をつつきながら肩をすくめる。


「いやいや、どう考えてもおかしいだろ」

明は指を折って数え始めた。


「まず、道端で倒れてるお婆ちゃんを助けたら、遺産相続の話に巻き込まれるってなんだよ。助けただけだろ?」


「……俺もそう思うんだけどさ、どういうわけか親族の人たちが『あなたが最後に祖母を助けてくれた方ですね』とか言い出して……。マジで何の関係もないのに」


「次、電車だっけ。痴漢現場に遭遇して、助けたらお前が疑われるってどういうことだよ」


「いや、だってよ? 相手が振り向いた瞬間、目の前に俺がいたんだから仕方ねぇじゃん! 被害者の子、びっくりしてとっさに『この人が!』って指さすし、冤罪ってマジで怖ぇよな……」


「で、極めつけがストーカー女。どうしてそうなる?」


「いやぁ……助けたんだよ。夜道で絡まれてたっぽいからさ。でも、その次の日から俺の下駄箱に手紙入ってるし、帰り道で偶然を装って待ち伏せされるし……」


「それ、ガチのやつじゃないか……」


「健太ってさ、ほんっっっっっっっとに……モテないわけじゃないのに、なんでそういう方向にばっか行くの?」

麻奈美が呆れたように口を挟む。


「俺が知りたいよ……。」

健太はため息をつきながら、ぼやくように言った。


「なあ、麻奈美。誰か女の子紹介してくれよ。」

「はぁ? あんた、自分が好きになった子じゃないと嫌なんでしょ。」

「いや、まぁ……確かにな。」

健太は苦笑いしながら頷く。


すると、麻奈美はふっと視線を逸らし、小声で呟いた。

「……陽菜に悪いしね。」

その言葉は、か細くて健太には聞こえなかった。


「で、つい昨日は何のトラブルが?」と明が合いの手を入れる。


「クラスメイトの恋愛相談に乗ってたら、気づいたら修羅場に巻き込まれてた」

「……お前は本当にトラブルが服を着て歩いてるな」

「生粋のトラブル製造機じゃん」

明と麻奈美が揃って肩をすくめる。


健太はふてくされたように箸を置いた。

「もう、いっそ自分でもそう思えてきたわ」


とはいえ、基本的には楽天的な性格の健太。深く悩んだりはしない。


トラブルは多いが、それも含めて“自分の日常”なのだ。


「まぁ、俺には剣道があるからな!」

そう言って、健太は笑った。

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