エピローグ(TRUEエンド)
キャンプファイヤーの炎が揺らめく中、陽菜が健太を見つめていた。
彼女の頬は赤く染まり、瞳は真っ直ぐに健太を射抜いている。
「ねえ、健太くん」
彼女の声が、夜のざわめきの中にはっきりと響いた。
「私ね、ずっと伝えたかったの」
陽菜は小さく息を吸い、
「——好きです。私と、ずっと一緒にいてください」
そう告げた。
健太は、その言葉を噛み締めるようにゆっくりと目を閉じた。
(……やっぱり、来たか)
そして、ゆっくりと目を開く。
——いつもの通り、彼の視界に見えるはずのないものが浮かび上がった。
目の前に現れた選択肢
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▶ 理想の陽菜を選ぶ
▶ 病院の陽菜を選ぶ
▶ どちらも選ばない
*************************
(どっちかを選べ、か……)
健太は、何度もこの瞬間を迎えてきた。
選べと言われるたびに悩み、もがき、そしてループを繰り返してきた。
でも——。
「本当にこれは正しい選択肢なのか?」
選択肢が現れるたびに考えてきた。
理想の陽菜は、健太にとって完璧な存在かもしれない。
病院の陽菜は、本物の彼女なのかもしれない。
でも、それはどちらも陽菜の一面にすぎない。
「二人を救う方法を探してきた」
「でも、それは間違いだったんじゃないか?」
“二人”を救うんじゃない。
“陽菜”を救うには、どうしたらいい?
今、ここにいるのは「理想の陽菜」。
病院には「病床の陽菜」がいる。
以前、明に扮した死神はそう言った。
つまり、どちらかが作られた存在というわけではない。
健太の思考が加速する。
でも、それは二人のうちどちらかが「陽菜」なのではなく——。
二人合わせて、″陽菜”なのではないか?
このループの目的は、「理想の陽菜」か「病床の陽菜」どちらかを選ばせること」。
それは、死神と陽菜の間で交わされた賭けによるものだった。
「どちらも本物の陽菜だよ」
以前、明に扮した死神はそう言った。
ならば、どちらかが作られた存在ではないのだとしたら……。
ーーそもそも、なぜ二択なのか?
そこに、健太は違和感を覚えた。
死神と陽菜の賭けだからこそ、この選択肢が生まれたのはわかる。
しかし、ループするたびに、世界の有り様は少しずつ変わる。死神は、それを意図的に行っていると言った。
——つまり、この世界は完全無欠の閉じられたものではない。
ならば、「選択肢」だけが、完全無欠の閉じた二択でなければならない理由もまた、どこにもない。
選ぶしかない、と決めつけているのは誰だ?
死神? それとも、陽菜自身?
——いいや、違う。
選択肢を受け入れてしまっている、自分自身ではないのか?
陽菜を救うとは、ただどちらかを選ぶことではない。
——陽菜を、一つに戻すことではないのか?
ならば——。
(だったら、俺は……)
健太は、静かに息を吐いた。
そして——
健太は、ふっと口元に笑みを浮かべると、選択肢が浮かぶ視界の上に視線を投げるように言った。
「おい、聞こえてるんだろ?」
どこかにいるはずの、もういないはずの親友へ。
「はぁ……やっぱり気づいてたかよ」
健太の後ろから、呆れたような、それでいてどこか楽しそうな声がした。
振り返ると、そこには九条明の形をした死神が立っていた。
「お前、しつこいなぁ。もう何度ループを繰り返した?」
「わからねぇよ……数えるのをとっくにやめた」
健太は苦笑する。
ループのたびに選択を突きつけられ、それでも納得できずに繰り返してきた。
「で?また俺に文句でも言うのか?」
明は気だるげに肩をすくめながら言う。
「……どちらも選ぶ、っていうのはダメなんだろ?」
「当然だ。ルール違反だぞ。それをしたら二人とも死ぬ」
突き放すような声。揺るぎない断言。
健太は唇を噛み、視線を落とした。
「でもさ……お前が言うどちらかを選ぶってのが、そもそも間違ってるんじゃないのか?」
明の表情がわずかに動いた。
「……ほう?」
「俺は、”陽菜”を選ぶ。理想の陽菜とか、病床の陽菜とか、そんな分類じゃなくて。俺にとって“陽菜”は一人だけだ」
明は静かに健太を見つめる。
「つまり——?」
「統合だ」
健太の声には、迷いがなかった。
「二人をひとつにする。理想の陽菜も、病床の陽菜も、どちらも同じ陽菜なんだから。だったら、どちらかを選ぶんじゃなくて、一人の陽菜として生きてもらう」
しばしの沈黙が流れる。
明は面白そうに目を細めた。
「ずいぶんと勝手なこと言うじゃないか」
「そっちこそ勝手だろ。こんな賭けを仕掛けてきたくせに」
健太が言い返すと、明はくくっと喉を鳴らして笑った。
「なるほどな……確かに俺は“どちらかを選べ”とは言ったが、“統合するな”とは言ってない」
そして、すっと健太に向かって歩み寄る。
「面白い……お前の選択が正しいのか、試してみようじゃないか」
ーー次の瞬間、健太は病室にいた。
健太はその傍らに座り、じっと彼女の顔を見つめる。
健太は、病床の陽菜の手をそっと握る。
「——陽菜。お前に聞きたいことがある」
彼の声は静かに響く。
「お前は、どうしたい?」
それは、ずっと問い続けてきた疑問だった。
すると——陽菜の瞼が、ゆっくりと震えた。
「……けん、た……?」
か細い声。
次の瞬間、病室の空気が揺れ、もう一人の陽菜がそこに現れた。
理想の陽菜。
健太を愛し、健太に愛されることを望んだ少女。
「私は……私は、あなたに愛されるためにここにいるの」
彼女の瞳が揺れる。
「でも、本当はわかってる……私は、陽菜じゃない」
理想の陽菜の表情に、悲しげな笑みが浮かぶ。
「私は陽菜がこうありたいと願った存在……だけど、本当の私は——」
彼女は、病床の陽菜を見つめた。
「……もう、いいよ」
優しい声だった。
「私が消えて、あなたが生きる。……それが、一番いいんだよね?」
「……っ!」
健太は、拳を握る。
違う。それは違う。
彼は、二人とも救いたい。
「だから——統合するんだよ」
健太ははっきりと言った。
「どちらかが消えるんじゃない。どちらも同じ陽菜なら、一人の陽菜として生きればいい」
理想の陽菜の目が見開かれる。
「……できるの?」
「できるさ。だって、俺が好きなのは、”陽菜”だから」
その言葉が響いた瞬間——
世界が揺れた。
まるで、見えない何かが“選択肢”を書き換えるかのように。
目の前に広がる、無数の可能性の分岐。
今までは、どちらかを選ぶしかなかった。
選択肢
*******************
▶ 理想の陽菜を選ぶ
▶ 病院の陽菜を選ぶ
▶ どちらも選ばない
*******************
しかし、その瞬間——
新たな選択肢が浮かび上がる。
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▶ “陽菜”を選ぶ
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健太は迷わず、それを選んだ。
二人の陽菜の身体が、淡い光に包まれる。
まるで、溶け合うように。
——どこかで、誰かの声がする。
「……っ」
健太は目を開いた。
光が収まった時——そこには、一人の少女が立っていた。
目の前にいたのは、陽菜。
ただし、それは今までのどの陽菜とも違う。
病弱で儚げな雰囲気と、理想の陽菜の明るさと美しさ。
両方を併せ持つ、たった一人の陽菜だった。
「……健太くん?」
彼女が不安そうに名を呼ぶ。
健太は、その姿をまっすぐに見つめ、
「おはよう、陽菜」
そう言って、微笑んだ。
病床にいたはずの陽菜が、静かに目を開ける。
しかし、そこには理想の陽菜の面影もあった。
「……健太くん?」
彼女の声は、確かに陽菜のものだった。
健太は、彼女を見つめる。
「お前……」
陽菜は微笑む。
「うん……私は、“私”だよ」
彼女は、自分の手を見つめ、ゆっくりと握りしめる。
「全部……覚えてる。あなたと過ごした時間も、病室で過ごした時間も……」
涙がこぼれる。
「ありがとう……健太くん」
彼女は、そのまま彼の胸に飛び込んできた。
健太は、ゆっくりと腕を回す。
「……やっと、戻ってきたな」
陽菜は涙を拭い、健太を見上げる。
「ねぇ、健太くん。私……もう一度言うね」
そして、彼女は微笑んだ。
「私は、あなたが好き。ずっと、ずっと好きだった」
健太は、しばらく彼女を見つめ——そして、ゆっくりとうなずいた。
「俺も……陽菜が好きだ」
次の瞬間、陽菜はそっと目を閉じた。
健太は迷うことなく、彼女の肩を引き寄せる。
触れるだけの、優しい口づけ。
それは、ずっと遠回りをして、ようやく辿り着いた二人の確かな想いの証だった。
唇が離れると、陽菜は照れくさそうに笑った。
「……やっとだね」
「……ああ」
健太は静かに頷き、彼女の手を強く握りしめた。
⭐︎
文化祭のループを終え、健太の世界はようやく前へと進み始めていた。
あの日以来、彼はループの記憶を保持したまま日常を過ごしている。
その影響は確かに表れていた。
——剣道では負けなし。
元々全国レベルの実力を持っていたが、何度もループを経験したことで、もはや敵なしの境地に達していた。
その圧倒的な強さから、周囲の選手や関係者からは“神童”と呼ばれるようになり、全国制覇はほぼ確実と言われるまでになった。
——勉強でも異変が起きていた。
記憶が保持されたことで、学んだことが消えずに蓄積され続け、気づけば学校内でもトップクラスの成績を誇るようになっていた。
先生たちからの評価も一変し、「お前、もしかして勉強できるタイプだったのか?」と驚かれることも少なくない。
——そして、女子からの人気も急激に高まった。
全国トップレベルの剣道の実力、学業優秀、加えて元々整った顔立ち。
気づけば、これまで以上に女子からの視線を感じるようになり、告白されることも増えた。
だが——
「ごめん。俺、好きなやつがいるんだ。」
そう言って、健太は全ての告白を断り続けていた。
心はすでに決まっていた。
しかし、それでも変わらないことがあった。
——健太は相変わらずトラブル製造機だった。
どこに行っても、なぜか問題が起こる。
部活では機材が壊れ、文化祭では大道具が崩れ、恋愛沙汰では無実の罪で睨まれる。
そのたびに、いつもなら隣で面白がりながら協力してくれたはずの明が——いない。
気づけば、健太はトラブルに巻き込まれながらも、たった一人でどうにかしようと奮闘していた。
明ならここで「お前、ほんと飽きねぇな!」と笑って助けてくれただろう。
でも、どこを探しても、もうアイツはいない。
——九条明は、いなくなっていた。
まるで最初から、九条明などという存在がなかったかのように。
誰も彼のことを話題にしない。
担任に「明は?」と聞いても、「誰のことだ?」と首を傾げるだけ。
クラスのどこを見渡しても、明の席は存在していなかった。
麻奈美とは相変わらず仲が良く、休み時間に何気ない会話を交わしている。
でも、その隣に明がいないことに、健太はふとした瞬間に寂しさを覚えた。
バカみたいなことを言い合い、ツッコミを入れ、時には励ましてくれた。
……アイツは、いなくなってしまったんだ。
そう、思っていた。
⭐︎
「えっと、今日からこのクラスに転校してきた九条明です! 前の学校でも剣道やってたんで、剣道部があれば入りたいです! よろしく!」
ある日、教室の前で見慣れた姿が自己紹介をしていた。
「…………は?」
健太は思わず、声を漏らした。
明がいた。
しかも、以前と変わらないノリで、当たり前のように教室にいる。
健太は固まったまま、明の姿をじっと見つめる。
何かの間違いか? 幻覚か?
——いや、違う。
そこにいるのは、紛れもなく九条明だった。
「九条くん、じゃあ席は……あそこの空いてるところね」
担任に促され、明は健太から少し離れた席に座った。
周りのクラスメイトが興味津々で話しかけるのを見ながら、健太は混乱していた。
(……記憶、ないのか?)
昼休み、明と麻奈美と三人で他愛のない話をしながら、教室の窓際で笑い合う。
「お前、剣道強いんだってな?」
「まあな。今度見せてやるよ」
そんな何気ない会話の中、ふと健太は思い出していた。
——死神が扮していた、あの九条明との日々を。
バカみたいにふざけあい、時には真面目に話し、ループの中で共にいた存在。
その記憶は今も鮮明に残っている。
だが、それはもう過去のこと。
今の明は、死神ではない。
ただの九条明という一人の転校生であり、何も知らない。
それでも——。
「お前、ほんと飽きねぇな!」
新しい明が、そんなことを言って笑う。
健太は少しだけ、懐かしさを覚えながら、笑って返した。
⭐︎
春が訪れ、健太は剣道の全国大会で優勝した。
その表彰台を、輝くような笑みを浮かべた陽菜が見つめてた。
彼女は、病気も完全に回復し、新しい自分として生きていた。
健太はそんな彼女を見て、改めて思う。
——俺の選んだ道は、間違ってなかった。
「健太くん!」
陽菜が駆け寄ってくる。
「優勝、おめでとう!」
「ありがとう」
健太は照れくさそうに笑いながら、彼女の手を取った。
もう、迷うことはない。
二人は、これからも一緒に歩んでいく。
——これは、たった一つの正解を掴み取った物語。
元々ギャルゲーの様なマルチエンドにしたらどうなるか、という所から書き始めました。
途中で辞めそうになりましたが、最後まで書き切ることが出来ました。
色々と書きたいアイデアはあるんですが、執筆意欲が湧いたらまた新しいものを書こうかと思います。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。




