運命の選択編3(試行錯誤)
ループの終わりが見えない。
明から真実を聞かされた後も、文化祭の終わりとともに世界は巻き戻される。
何度も、何度も——。
朝のアラーム音。
窓から差し込む同じ朝日。
母親の「早く起きなさい」という声。
剣道部の練習、授業、昼休み、放課後の時間。
どれだけ繰り返しても、文化祭が終わるとすべて最初に戻る。
もう、何度も繰り返しすぎて、ある程度の流れは把握していた。
だが、すべてが同じというわけではなかった。
ループするたびに、微妙な違いが生じている。
発生する出来事もあれば、発生しない出来事もある。
だから、健太自身、何度ループしても、すべての出来事を把握することはできなかった。
「確定された未来」というわけではない。
ただ、繰り返すうちに——発生する頻度が高い出来事と、低い出来事は分かるようになった。
例えば、剣道の試合はほぼ毎回発生する。
しかし、昼休みに誰と会話するかは、回によって変わる。
席替えの時期、席替えの場所、欠席する人間、更に麻奈美やクラスメイトが話す内容等も、少しずつ違っていた。
あの時、明は言った。
「それに、もし全く同じルートが続けば、お前はまた同じ選択をして、永遠にループし続ける可能性がある。だから、ループ世界も少しずつ変えてるんだよ」と。
世界はループする度に少しずつ変化している。
巻き戻るわけではない以上、この世界は完全無欠の世界ではない。
——ならば、どこかに抜け道があるのではないか?
このループの「本当のルール」を見つければ——抜け出せるかもしれない。
ふと兄・渉の言葉が脳裏に蘇った。
「お前の行動が少し変わるだけで、ループ世界の流れも少しずつ変わってるかもしれないってことだよ」
渉が話してくれた、「バタフライ効果」。
ーーほんの小さな違いが、時間をかけて大きな変化を生む。
(もし、俺が大きく違う行動をすれば……結果もより大きく変わっていくんじゃないか?)
“確定された未来”というわけではない。
ならば、どこかに“抜け道”があるのではないか——?
そう信じて、健太は行動を開始した。
☆
「……おはよう、健太くん!」
朝、教室に入ると、いつも通り陽菜が笑顔で手を振る。
健太は、いつもなら何気なく返していたその挨拶を、無視した。
「……え?」
一瞬、陽菜の表情が戸惑いに揺れる。
だが、すぐに笑顔を作り直して近づいてきた。
「ねえ、どうしたの? 何かあった?」
「……別に」
「別にって……なんか変じゃない? いつもみたいに話そうよ」
普段の健太なら、適当に流して会話していただろう。
だが、今回は徹底して距離を置くことにした。
昼休みも、放課後も、意識的に陽菜を避け、極力関わらないようにする。
その結果——陽菜は明らかに不審がった。
何度も話しかけてきて、健太の態度の変化を問いただしてくる。
「私……何かしちゃった?」
「……いや、何もないよ」
「嘘だよ。だって、健太くん、全然目を合わせてくれない」
ついに涙ぐみながら言われたとき、さすがの健太も罪悪感を覚えた。
だが、それでもループを抜けるためには仕方ない——そう思った。
☆
「ちょっと健太、どういうつもり?」
放課後、昇降口で待ち伏せしていた麻奈美が、睨みつけるような視線で健太を見た。
その隣には、目を赤くした陽菜がいる。
「……何が」
知らないふりを決め込もうとしたが、麻奈美はそれを許さなかった。
「何が、じゃないでしょ!アンタ、最近陽菜に冷たすぎるんだけど!?何かあったならちゃんと言いなさいよ!」
「別に、何も」
「嘘つけ!」
バンッと音を立てて、麻奈美が靴箱を叩く。
陽菜はそんな麻奈美を制するように腕を引いたが、彼女はまったく引き下がる気配がなかった。
「陽菜がどんな気持ちで健太に話しかけてたか、分かってんの!?それをずっと無視して、距離置いて……そんなの、陽菜が可哀想でしょ!」
「……仕方ないんだ」
「仕方ないって何よ!? 納得できる理由があるなら言いなさいよ!」
「言えないよ」
「はあ!? ふざけないで!」
明らかに怒りを露わにする麻奈美に対し、健太は目を伏せる。
陽菜の視線が不安げに揺れているのが分かった。
それでも、健太は頑なに拒んだ。
ループを抜けるために。
「……俺は、陽菜とは関わらない方がいいんだ」
「なんでよ!?」
「理由は言えない。でも、そうしなきゃいけないんだ」
陽菜が小さく息を呑む。
「そんなの……やだよ」
彼女のか細い声が、健太の胸に突き刺さる。
だが、ここで折れたらダメだ。
どれだけ苦しくても、どれだけ罪悪感に苛まれても——。
「ごめん」
そう言って、健太は二人に背を向けた。
麻奈美が何か叫んだ気がしたが、もう振り返ることはなかった。
——結果、文化祭の終わりとともにリセット。
陽菜を避けても、結局何も変わらなかった。
☆
今度は、陽菜だけでなく、すべての人間関係を断つことにした。
クラスメイトとも、剣道部の仲間とも一切関わらない。
無口になり、誰から話しかけられても淡々と返し、孤立していく。
「お前、どうしたんだよ?」
周りの友達が、不審そうに尋ねてくる。
「いや、別に」
「“別に”じゃねえだろ。お前がそんな態度とると、逆に不気味なんだけど」
「……ほっといてくれ」
それでも健太は冷たく突き放し、学校生活を送った。
当然ながら、周囲からは“何かあったのか”と噂されるようになり、陽菜もまた何度も健太に話しかけようとする。
☆
「健太、お前……なんかあったのか?」
兄・渉が家に帰ってきた日の夜、健太の部屋を訪ねてきた。
普段なら、久々に帰省した渉と他愛もない話をして、ふざけ合うのがいつもの流れだ。
だが、健太は布団に横になったまま、そっけなく答えた。
「別に」
「……お前が別にって言うときは、絶対なんかあるよな」
渉はため息混じりにそう言って、部屋の入り口に立ったまま健太をじっと見つめる。
「親父もお袋も心配してたぞ。学校で何かあったのか?」
「何もない」
「何もないのに、剣道部も休んで、友達とも話さなくなったのか?」
健太は布団を被り、顔を隠した。
「……ほっといてくれよ」
渉はしばらく沈黙していたが、やがて小さく息をつく。
「……まあ、お前がそう言うなら無理に聞かないけどさ」
いつものような軽い口調だった。だが、その奥にわずかな寂しさが滲んでいるのが分かった。
「でも、俺はお前の兄貴だからな。何かあったら、ちゃんと言えよ」
それだけ言い残し、渉は部屋を出て行った。
健太は、布団の中でそっと目を閉じる。
(……ごめん、兄ちゃん)
本当は、すべてを打ち明けたい。
けれど、今はそれができない。
ループを抜けるために——健太は、このループ世界ですべてを断ち切る道を選んだ。
だが、どれだけ孤立しようとも——文化祭の終わりが来れば、また元の朝に戻ってしまう。
——この方法も、ダメだった。




