運命の選択編1(九条明)
明から真実を聞かされた後も、健太のループは終わらなかった。
何度も、何度も、文化祭の終わりを迎えるたびに、また最初の朝が訪れる。
そして、気づけばループの記憶はほぼ継承されるようになっていた。
もう、この世界の大まかな流れは大体把握している。
時間が巻き戻されても、健太の中には経験が知識として積み重なっていく。
法則性は分からないが、幾つかの出来事は何度ループしても変わらない。
例えば、母が篠宮涼介出演のテレビを見ること、兄が高宮裕奈のマネージャー補佐になることや、文化祭の準備期間に起こる出来事の大筋は、何故か必ず起きる。
だが、それ以外の細かな部分——クラスメイトのちょっとした言動や、授業で当てられる順番、廊下で誰とすれ違うかなどは、ループごとに変化する。
それでも、健太は何度も繰り返す中で、全体の流れを掴み、次に何が起こるかを大まかに予測できるようになっていた。
それでも、一つだけ大きく違う点があった。
——明が、いない。
以前なら健太のトラブル体質に面白がって付き合い、くだらない悪ふざけにも乗ってくれた親友の姿は、もうどこにもなかった。
教室でいつもの席につくと、そこに明の姿はない。
剣道部の稽古が始まっても、ふざけた調子で絡んでくる声はしない。
「なあ、麻奈美……」
ある日の昼休み、健太はふと隣に座る藤崎麻奈美に話しかけた。
「んー?」
「……九条明って、覚えてるか?」
箸を口に運びかけていた麻奈美は、怪訝な顔をした。
「九条?……誰、それ?」
健太は言葉を失った。
「ほら、高1から一緒で……入学初日に知り合って……剣道部にもいてさ。ちょっと調子乗りで、でも憎めなくて……」
「え、なにそれ? 健太、そんな友達いたっけ?」
麻奈美は本気で分からないという顔をしていた。
まるで——最初から九条明という存在など、この世界にいなかったかのように。
「……そっか」
健太は曖昧に笑い、適当にはぐらかす。
健太の胸が、鈍く痛んだ。
麻奈美は確かに、明のことを気にしていた。
『明ってどんな子が好きなのかな?』
『ふーん……そうなんだ』
そんな、何気ない会話を思い出す。
あの時の麻奈美は、確かに明のことを意識していた。
(なのに——)
今の彼女の表情には、一切の迷いも、懐かしさもない。
“九条明”という存在が、最初からこの世界になかったかのように。
「どしたの健太。何かあった?」
麻奈美が訝しげに覗き込んでくる。
「いや……なんでもねえよ」
健太は笑って、適当にごまかした。
けれど、箸を持つ手が震えているのが、自分でもわかった。
もう、明はどこにもいない。
この世界の誰も、明を覚えていない。
それが何よりも、恐ろしく、寂しかった。
☆
明が消え、誰にも相談できないまま、健太は一人で悩み続けた。
——このループを抜け出す方法は何か。
——目の前の陽菜を選ぶべきか。
——病床の陽菜を選ぶべきか。
何度も自問自答し、ループのたびに試行錯誤を繰り返した。
——だが、どれだけ考えても、正解は分からなかった。
それでも、誰かに相談したかった。
誰かに話して、少しでもこの重圧を軽くしたかった。
(……もし、明がいたら。)
そう思わずにはいられない。
あいつなら、どう答えただろうか。
(……いや、違う)
明は、もうただの親友じゃない。
あいつは——死神だった。
ずっと健太のそばにいたはずの存在が、陽菜との賭けのためにループを仕組んだ張本人だった。
思い出すたび、心の奥がざらつく。
信じていた相手に騙されていた気持ちと、それでも昔と同じように頼りたい気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。
(……それでも)
それでも、もし明がいたら。
あいつはどんな顔をして、どんな言葉をかけてくれただろう。
「バカか、お前。どっちを選ぶか悩むなら、どっちも選べる方法を探せばいいだろ」
……もし、ループの事を信じてくれたら、そんな無茶苦茶なことを、平気で言いそうだった。
健太は、自嘲するように笑う。
(できたら苦労しないよな……)
しかし、本当にできないと決まったわけじゃない。
明を思い浮かべたことで、健太の中に小さな光が差し込んだ気がした。
(どっちかを選ぶしかない……なんて、俺が勝手に決めつけてるだけじゃないのか?)
まだ、やれることがあるかもしれない。
このループの「本当のルール」を知るまでは。
何度も自問自答し、ループのたびに試行錯誤を繰り返した。
——だが、どれだけ考えても、正解は分からなかった。
だから、行動するしかなかった。




