ループ編7(終・英雄)
「抜け出すためには、陽菜を選ばなければならない」
死神はにやりと笑う。
「理想の陽菜と、病床の陽菜——どちらを選ぶかはお前次第だ。」
その言葉を最後に、沈黙が落ちた。
健太は拳を握りしめる。
「……ざけんなよ……」
絞り出すように呟いたその声は、怒りと戸惑いに満ちていた。
「俺に選ばせる? ふざけんな……そんなの、陽菜が——本物の陽菜が望んでるわけないだろ!」
死神は薄く笑う。
「どうだろうな。少なくとも、彼女は“久住健太に愛されたい”と願った。その結果がこれだ」
「……!」
健太は言葉を失った。
——陽菜が、俺に愛されたいと願った?
それが、この異常なループの原因?
「理想の陽菜と病床の陽菜、どちらを選ぶか——簡単な話だろ?」
死神は軽い調子で言う。
「どちらも“本物”の陽菜だ。病院のベッドで眠る陽菜も、お前の前にいる陽菜も、どちらも確かに“陽菜”として存在している」
「……」
「ただ、一つだけ違うのは、どちらと未来を生きるかってことさ」
死神は楽しそうに続ける。
「お前の隣にいる陽菜は、お前を愛し、お前と一緒に歩んでいこうとしている。病床の陽菜もまた、お前に想いを寄せながら、選ばれるのを待っている」
「どっちが“偽物”かなんて話じゃない。お前がどちらと生きるのか——それだけの話だよ」
「…………」
健太は言葉が出なかった。
「ま、俺はどっちでも構わない。ただ、お前が選ぶまでループは終わらない。それだけだ」
「……っ!」
心臓が早鐘のように鳴る。
病床の陽菜を救うためには、自分の隣にいて想いを寄せてくれている陽菜を否定しなければならない。
「お前次第だ、久住健太」
「……つまり、ループの原因はお前ってことか?」
健太は目の前に立つ死神——かつての親友を睨みつけた。
「ま、そういうことだな」
明は肩をすくめ、気だるげに壁にもたれかかった。
「“どちらかを選べ”という賭けをしたから、お前は何度もループしてる。お前が決断しない限り、この輪は終わらない」
「……ちくしょう。ふざけんなよ!!!!!」
健太は奥歯を噛み締めた。
何度も、何度もやり直してきた。
ーーそれでも、結局すべてはその“賭け”のせいだったのか。
明はそんな健太を見て、ふっと笑った。
「しかし——お前は凄いな」
「……は?」
急な言葉に健太は拍子抜けした。
「何回ループしたんだ?記憶が残ってる人間ってのは、普通、繰り返すループに精神が耐えきれなくなって、早々に選んじまうんだがな」
「……」
「まあ、お前の場合はトラブル体質に普段から慣れてるからなのか……精神力が尋常じゃないな……」
感心した様に明は言う。
「ああ、でもな——」
明がふっと笑った。
「お前のトラブル体質は俺とは何の関係もない」
「……は?」
「純粋にお前自身が招き寄せてるもんだよ。俺と知り合ったのも、言ってみればお前の“力”だな」
「…………」
健太は言葉を失った。
この異常なまでのトラブル続きの人生。
痴漢を見つけ、財布を拾い、困っている人間がいれば自然と関わってしまう——まるで運命そのものに弄ばれているかのように。
「……何だよ、それ」
「お前がどこに行こうと、何をしようと、トラブルは必ず寄ってくる。まるで吸い寄せられるようにな」
「………」
そう言って、明はどこか遠くを見るように目を細めた。
そして——
「そいつはひょっとして……別の“神”が与えたものかもな」
ぽつりと、何かを確かめるように呟く。
「……え?」
「何でもねえよ」
健太の問いには答えず、明は軽く笑い流した。
「でも、まあ——そうじゃなきゃ、俺とお前は出会わなかったわけだしな」
死神は試す様に言う。
「そういう人間のことを、なんて言うか知ってるか?」
「……何だよ?」
「”英雄”って言うんだよ」
「英雄……?」
「そう。お前みたいに、望んでもいないのに、何かに導かれる様に、周りの物事や人間を動かしちまう奴をな」
「……ふざけんなよ」
明は肩をすくめながら、口元を吊り上げた。
「まあ、英雄ってやつは、大抵途中で死んじまうけどな」
「……っ!」
健太の胸の奥がざわつく。
——途中で、死ぬ。
それは冗談なのか、それとも真実なのか。
「……ふざけんなよ」
「はは、まあ、せいぜい気をつけろよ」
明は軽く笑って言うが、その言葉の奥にある真意は見えない。
ーーその時、健太の脳裏に、兄・渉の言葉が蘇った。
「お前は、俺よりもずっとすごい人間になる」
それが何を意味していたのか——
健太は息を吐いた。
「クソみたいな縁だな」
「そう思うか?」
「当然だろ」
健太は拳を握りしめる。
明が目を細めて、健太をじっと見つめる。
「——お前次第だ、久住健太」
死神は冷たく言い放った。
「どちらかの陽菜を選べ。それとも、このまま精神が擦り切れるまでずっとループを続けるか?せいぜい悩めよ」
健太が言葉を探す間もなく、明はふっと口の端を持ち上げた。
「——まあ、お前といると飽きなかったよ」
そして、その姿は静かに、まるで最初から存在しなかったかのように消えていった。
風が吹く。
健太は一人、夜の学校の屋上に立ち尽くしていた。
明はもういない。
——最初から、いなかったかのように。
健太はその場に立ち尽くす。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
(……選ばなきゃならない……?)
「理想の陽菜」か、「病床の陽菜」か。
どちらかを選んだ瞬間、このループは終わる。
だが、選ばなければ——文化祭の一日は何度でも繰り返される。
「……クソ……」
思わず、拳を握りしめる。
病床の陽菜を救いたい——そう思うのは当然だ。
でも、目の前の「陽菜」もまた、健太にとってはかけがえのない存在になりつつあった。
——本当に、どちらかを選ぶしかないのか?
文化祭の喧騒が遠くに聞こえる。
賑やかな笑い声、放送部のアナウンス、焼きそばの匂い——すべてが健太にとって、もう何度目かわからない光景だった。
この一日が、何度も何度も繰り返されている。
「……粘れって、言ったな……」
選ぶまで終わらないなら、俺は最後まで足掻いてやる。
ループが続く限り、何か手がかりが見つかるかもしれない。
(本当に……どちらかを選ぶしかないのか……?)
答えを出せないまま、健太は再び歩き出した。




