ループ編5(九条明)
放課後、剣道部の練習を終え、汗を拭きながら帰路につく健太と明。
「なあ、ちょっと話していいか?」
健太がふと立ち止まり、明の方を振り返る。
「ん? なんだよ、改まって」
「……公園、寄ってかないか」
「別にいいけど?」
そんなやり取りの後、二人は近くの公園へと向かった。
夜の公園。静寂に包まれた空間で、健太はブランコに座り、ぽつりと呟く。
「……なあ、明」
その隣でベンチに腰掛けていた明が「おう?」と気の抜けた声を上げる。
「俺、陽菜のこと……好きかもしれない」
「おっ、ついに自覚したか!」
明はニヤリと笑い、健太の肩を軽く叩いた。
「でもさ……病院にいる陽菜のことも、好きなんだ」
明の手が止まった。
健太は続ける。
「正直、どうすればいいかわかんないんだよ。どっちも大切で……どっちかなんて選べない。でも、このままじゃダメなこともわかってる」
健太は唸るように言いながら、頭をかきむしった。
ーー明は何のことだ?と思うだろう。
でももう耐えられなかった。
誰かに聞いて欲しかった。
明はしばらく黙っていたが、やがて深く息をつき、めんどくさそうに言った。
「だったらさっさと選んじまえよ」
「……え?」
「今の陽菜と付き合えってことだよ。お前、悩んでるけどさ、断ったところでどうせまたループが続くだけじゃないか」
その言葉を聞いた瞬間——健太の心に警鐘が鳴った。
「……お前、今なんて言った?」
「は?」
「ループが続くだけ……って、お前、何でそんなこと知ってるんだよ?」
明の表情が一瞬、曇る。
「え、いや、だって……」
「俺は、ループのことはお前に言ってないはずだ」
「……」
明は黙り込む。
ーーその沈黙が、決定的だった。
「……何言ってんだよ、健太?」
「誤魔化すな」
健太は一歩踏み出す。
「……健太、お前さ」
明は笑った。いつもの軽い調子で。
「何を言ってるか分からないけど、疑いすぎなんだよ。お前、前に俺に言ったじゃないか。ループしてるって。」
健太は冷静に言った。
「……お前、何で知ってる?」
「は?」
「俺がループしてるって話だよ。」
「そりゃ、お前、以前自分でループしてるって言ったじゃないか。だから知ってるんだよ」
「……ああ、言ったな」
健太は静かに頷いた。
「……別のループ世界の時にな」
明の笑みが、ぴたりと止まった。
「……何?」
「俺はこのループ世界では、一度もそんなことを言ってない」
健太の視線が鋭くなる。
「確かに前に別のループ世界でお前に話したことはある。だが、お前はその時、怪訝な顔をしていたよ。 『悪いけど証拠がないと信じられない』ってな。そりゃそうだろうな。俺だってお前が証拠もなくループしてるなんて言ったら信じられないだろうさ」
「……それが何だよ」
「それなのに、今のお前は“またループが続くだけ”って言った」
明の表情が微かに引きつる。
「それってつまりさ、お前は—— 最初から知ってたってことになるんだよ」
「……」
明は何も言わなかった。
健太はもう一歩踏み込んだ。
「それに、お前はもう一つ知らないはずのことを知ってたな」
「……何の話だよ」
「陽菜のことだよ」
明の眉がわずかに動いた。
「お前さっき『”今の陽菜”と付き合え』って言ったよな?」
「……ああ? それがどうしたってんだよ」
「今の陽菜って言葉、おかしいだろ?」
「!」
「普通なら、陽菜は一人しかいないと思ってるはずだ。それなのに、お前は“今の”って言った」
「それが何だって——」
「俺はループのことも、陽菜が二人いることも、このループ世界では、まだ誰にも話してないんだよ」
明の表情が、一瞬にして凍りついた。
——そう、確かに過去のループでは話したことはある。
だが、その時の明はどちらも全く信じなかった。
陽菜が二人いる、と話して連れて行った病院では病床の陽菜は消えて明は確認していない。
ループに至っては、むしろ「悪いけど証拠がないと信じられない」と一蹴したはずだ。
つまり、明は知っている。
最初から、すべてを知っている——
「……お前、本当に明なのか?」
健太は、拳を握りしめながらそう問いかけた。
「……」
空気が変わる。
明の表情から、普段の軽薄さが消えていた。
そして、代わりに——不気味なほど冷静な声が響いた。
「……やっぱり気づいたか」
「!!」
健太の背筋が凍りつく。
「ま、もういいか。隠すのも面倒になってきたしな」
明はポケットに手を突っ込み、ゆっくりと健太に向き直る。
「じゃあ、俺の事を見つけた褒美に、お前の疑問に答えてやるよ。お前のループ——あれを起こしてるのは、紛れもなく陽菜自身だ」
「……陽菜が?」
「そうだ」
健太の思考が追いつかない。
「なんで……陽菜がそんなことを?」
「簡単な話さ」
明は微笑んだ。
「お前に、自分を選ばせるためだよ」




