ループ編4(大切な相手)
あるループでのこと。
健太は、明を屋上に呼び出していた。
「……で、話ってのは何だよ?」
明は柵にもたれかかりながら、気楽な調子で言う。
健太は少しだけ躊躇いながらも、口を開いた。
「お前さ……もし、俺が同じ時間を何度も繰り返してるって言ったら、信じるか?」
「は?」
明の顔が、明らかに「こいつ何言ってんだ?」と言わんばかりの表情になる。
「いや、何だそれ? ゲームかアニメの話か?」
「……違う、本気で言ってる」
「……」
健太の真剣な表情を見ても、明はすぐには返事をしなかった。
少し考えてから、静かにため息をつく。
「なあ健太、お前最近、寝てるか?」
「え?」
「そりゃ、お前が大変なのはわかるよ。剣道の試合続きで忙しいし、陽菜のこともあったし……。正直、そりゃ疲れてるだろ」
「……」
「で、何だっけ? ループしてるんだっけ?」
「……ああ」
健太は小さく頷く。
「マジで?」
「マジで」
「……そうかぁ……」
明はしばらく黙ってから、少しだけ笑った。
「悪いけど、俺には実感がわかないな。健太、お前が本気なのは伝わるけどさ、流石にその言葉だけだとな……。信じるには、何か証拠がいるだろ?」
「証拠……?」
「例えば、『この後、屋上のドアが開いて、先生が来る』とか、そういうのが分かるならさ。ほら、未来予知みたいな感じでさ」
「……いや、それは……」
健太は言葉に詰まる。
「だろ?」
明は軽く肩をすくめる。
実際、ループしているからといって、全てが完全に同じになるわけではない。
今の所絶対に起こる出来事もあれば、ちょっとしたズレで変わってしまう出来事もある。
例えば、毎朝のホームルームや、定期テストの日程なんかは変わらないが、誰が欠席するかとか、授業中に先生が誰を指すかとか、そういう細かいことはループごとに微妙に違う。
ーーだから「この後、先生が来る」なんて予言はできない。
来る時もあれば、来ない時もある。
「……全部が全部、同じじゃないんだよ」
「そっか。でも、それじゃ余計証明が難しいよな」
明は健太の肩を軽く叩く。
「いや、別にバカにしてるわけじゃねぇよ?お前が本気でそう思ってるのもわかるし、もし本当にそうなら大変だろうなって思うけど……でも、ごめん。俺には信じるだけの材料がない」
「……」
「まあ、勘違いとか寝不足で混乱してるとかあるんじゃないか? 一回、ちゃんと寝てみろよ」
冗談めかしたように言いながらも、その目はどこか心配そうだった。
健太は、それ以上何も言えなかった。
(……そうか、こいつにはループのこと、話しても無駄なんだな)
この時、健太は悟った。
明は親友だし、信頼できる。
けれど、「ループしてる」なんて非常識な話を、証拠もなしに信じろと言うのは確かに酷だ。
健太はこのループ世界以降、この話を明に一切しなくなった。
⭐︎⭐︎⭐︎
夕方、久住家のリビング。
健太はソファに寝転がりながら、ぽつりと尋ねた。
「兄ちゃんは誰かと付き合ってた?」
渉はコーヒーを飲んでいた手を止め、少し考えるように目を細めた。
「……いたよ。一人だけな」
「へえ……」
健太は意外そうに目を瞬かせる。
「兄ちゃんのことだから、結構モテたんじゃないの?」
「いや、そんなことはないよ」
渉は苦笑する。
「それより、お前がそんなこと聞くなんて珍しいな。好きな子でもできたのか?」
「んー……まあ、ちょっと考えることがあってさ」
健太はごまかすように天井を見上げる。
「で、兄ちゃん、付き合うってどんな感じなんだ?」
「どんな感じって……」
渉はコーヒーを一口飲んでから、少し遠くを見るような表情をした。
「正直、俺は良い彼氏じゃなかったよ」
「え?」
「サッカーにかかりっきりでさ。相手を大切にできてたかって言われたら、自信がない」
「……そうなのか?」
「まあな。でも、それで学んだよ」
渉はゆっくりと息を吐いた。
「もし健太が誰かと付き合うなら……自分が本当に大切にできる相手を選んだ方が良い」
健太は目を見開いた。
「……大切にできる相手、ね……」
「そう。付き合うってのは、ただ一緒にいるだけじゃない。相手を想って、支えて、時には自分を犠牲にしなきゃいけないこともある」
渉は少しだけ寂しそうに笑う。
「ーーそれができないなら、最初から付き合うべきじゃないんだ」
それはまるで、自分自身に言い聞かせてるような言葉だった。
健太は黙って兄の言葉を噛み締めた。
自分が本当に大切にできる相手——
それは、いったい誰なんだろうか?




