ループ編3(陽菜の想い)
「健太くん」
陽菜は健太の目をまっすぐに見つめながら、輝くような笑顔を見せた。
「好きです! 付き合ってください!」
彼女の声は、ループのたびに聞いてきたものと同じだった。
けれど、今回は——
「……わかった」
健太は、その告白を受け入れた。
ーー試しに、付き合ってみよう。
もしかしたら、それがループを終わらせる鍵になるかもしれない。
⭐︎⭐︎⭐︎
「健太くん、こっちこっち!」
放課後、一緒に帰るのが当たり前になった。
デートをするようになった。
陽菜は楽しそうだった。
そして、健太自身も——
「……悪くはないな。」
充実した日々を過ごしているように思えた。
けれど、それでも——
(やっぱり、ダメか……)
ループは終わらない。
健太には、薄々分かってきていた。
ーーどうやら、途中で幾ら付き合っても、文化祭で出る最後の選択肢で選ばない限り、どちらかの陽菜を選ばない限り、ループは続くらしい。
だったらいっそ関係を進めようと思わないでもない。
健太だって健全な高校生男子だ。
ーー好きになった子と付き合ってエッチしたい。
当然、そういう関係になりたいという願望がないわけではない。
それどころか、もともとはむしろ“そういうもの”だと思っていた。
けれど——
陽菜が手を絡めてきても、健太は軽く握り返すだけだった。
彼女が距離を詰めて甘えてきても、冗談めかしてかわした。
夜の公園で二人きりになっても、寄りかかる陽菜の肩をそっと支えるだけだった。
陽菜が不満げに頬を膨らませることもあった。
それでも、健太は踏み込まなかった。
(……違うんだよな)
彼女のことを「好き」なのかどうか、まだ分からない。
それなのに、何となく流されて関係を進めるのは、違う気がした。
結局、プラトニックな関係のまま時間だけが過ぎていく。
それでもループは終わらなかった。
ーーつまり、この選択も、間違いだったのだ。
やっぱり——
本当の意味で、最後の結末を選ばない限り、このループは続くらしい。
⭐︎⭐︎⭐︎
更に何度目かのループを経て、健太の気持ちは少しずつ変化していた。
最初はただの幼馴染だと思っていた。
けれど、今の“陽菜”と過ごし、彼女の事を知っていくうちに、気づけば彼女のことを考える時間が増えていた。
教室で話す時も、ふとした瞬間に視線を向ける時も、彼女の笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
(……俺は、”今の陽菜”のことが——)
このループが何を意味しているのか、未だに明確な答えは出ていない。
けれど、自分が彼女を大切に思っていることだけは、疑いようがなかった。
——そろそろ、ちゃんと自分の気持ちに整理をつけなければ。
そう思いながらも、最後の選択の瞬間、健太は何故か逡巡してしまう。
「……なんでだよ……」
自分でもわからなかった。
今ここで、どちらかを選べば間違いなくループは終わるはずだ。
なのに、選ぼうとすると足がすくんでしまう。手が震える。言葉が出てこない。
まるで、”今の陽菜”を選択した瞬間に取り返しのつかないことが起こるような——そんな感覚があった。
(……何かが違う)
どれだけ繰り返しても、その感覚だけは拭えなかった。
ーー何か、大事なことを見落としている。
そう思っていた矢先、街中で陽菜の母に出くわした。
「あら、健太くん」
「陽菜の……おばさん?」
「久しぶりね。元気にしてる?」
「まあまあですね。」
軽く会釈を交わしたものの、健太の胸の奥に違和感が生まれる。
陽菜の母は——”今の陽菜”を知らないのか?
少し探りを入れるように聞いてみた。
慎重に言葉を選びながら、探るように聞いた。
「あの……陽菜の様子、最近も変わりませんか?」
「え?」
陽菜の母は、一瞬不思議そうな顔をした。
「……ええ、ずっと病院よ?」
その言葉に、健太の背筋がぞくりとした。
——やっぱりだ。
陽菜の母は、学校に通っている陽菜を知らない。
つまり、”今の陽菜”は、母親の記憶にも存在していないのだ。
「……健太くん、よかったら家に来てくれない?」
「え?」
「あなたに、渡したいものがあるの」
陽菜の家へ誘われた健太は、躊躇いながらも頷いた。
陽菜の部屋に通されると、母は机の引き出しから一冊のノートを取り出した。
「これ……陽菜が、中学の時に書いてた日記なの」
「日記……?」
「あと、これも……」
そう言って手渡されたのは、一通の封筒。
「それは、たぶん……あなたに出せなかった手紙」
健太は静かに受け取る。
ノートの表紙には、小さく陽菜の名前が書かれていた。
——そこに綴られていたのは、健太への想いだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
健太は陽菜の母に礼を言い、そのまま家を後にした。
——正直、怖かった。
このノートを開けば、陽菜の心の奥底にある本当の気持ちを知ることになる。
ラブレターの封を切れば、彼女が自分に伝えたかった言葉を知ることになる。
それでも、健太は足を止めることなく自宅へ戻り、自分の部屋のベッドの上で、そっとノートの表紙を開いた。
「3月14日 今日はバレンタインのお返しをもらった。すごく嬉しかった。でも、健太くんはたぶん私の気持ちに気づいてないんだろうな……」
「5月5日 健太くんとお祭りに行った。お面を被ってはしゃいでるのが子どもみたいで、すごくかわいかった。ずっと、こんな時間が続けばいいのに」
「7月30日 最近、病気のせいであまり学校に行けてない。みんなと離れていくのが怖い。健太くんとも、どんどん距離ができちゃうんじゃないかって思うと、すごく寂しい……」
健太は息をのんだ。
ページをめくるたび、そこには陽菜の素直な想いが綴られていた。
楽しそうな日、寂しそうな日、切なそうな日。
どの言葉にも、彼女の気持ちがそのまま詰まっていた。
——自分は、こんなにも想われていたのか。
手が震えながら、最後のページを開く。
「11月20日 病院の先生に言われた。これからもっと入院が長くなるかもしれないって。健太くん、私がいなくても平気かな?」
「12月1日 久しぶりに学校に行った。でも、健太くんは他の女の子と楽しそうに話してて、声をかけられなかった。私じゃ、あの輪の中には入れないのかな……」
「1月10日 本当はずっと伝えたかったことがある。でも、もし伝えたら、もう今までみたいにいられなくなるのが怖くて……」
そこから先は、ペンの跡が滲んでいて読めなかった。
健太は静かにノートを閉じ、今度は封筒を手に取る。
震える指で封を切り、便箋を広げると——
「健太くんへ」
そう書き出されたその手紙には、たった一つの想いが綴られていた。
「私はずっと、健太くんが好きでした」
たった、それだけの短い言葉だった。
ーーそれ以上は書けなかったのだろう。
でも、その一言が、健太の心を大きく揺らした。
ーー俺は、何をしていたんだ?
病床の陽菜のことを知っていたのに、今の陽菜と過ごすうちに、そっちのことばかり考えるようになっていた。
ーー確かに、今の陽菜には惹かれていた。
でも、それでいいのか?
陽菜はずっと、俺のことを想ってくれていたのに。
その想いを、俺はどうするつもりなんだ?
健太は手紙を握りしめた。
病床の陽菜と、今の陽菜。
どちらを選ぶのか。
今までなんとなく避けていた問いが、今、はっきりと目の前に突きつけられていた。




