ループ編1(二人の陽菜)
放課後、健太は明と麻奈美を連れてファミレスに入った。
部活を終えたばかりで喉が渇いていたが、それどころじゃない。
とにかく、誰かにこの状況を聞いてもらわなければ、頭がどうにかなりそうだった。
「で?」
明がストローを口に咥えながら、健太を促す。
「……陽菜が、二人いる」
そう言った瞬間、二人の反応は真っ二つに割れた。
麻奈美は一瞬きょとんとしたあと、笑いを堪えるように口を押さえた。
明は対照的に、眉をひそめて真剣な表情になった。
「あんた、疲れてんじゃないの?」
「いや、マジなんだって!」
健太はテーブルを指でトントンと叩きながら、焦れたように続けた。
「今日の帰り道、偶然陽菜の母さんに会ったんだよ。それで、『陽菜、元気そうですね』って言ったら、すげえ怪訝な顔されて……まるで、何のことか分かってないみたいだった」
「……そりゃ、変だな」
明が腕を組んで考え込む。
「それだけじゃない。何かおかしいと思って、病院に行ったんだよ。そしたら、そこにはちゃんと陽菜が寝てた。ずっと、意識も戻らないまま」
「……え?」
麻奈美が思わず息を呑んだ。
「待て待て待て、ちょっと待て」
明がストローを噛みながら口を挟む。
「つまり、俺らが普段話してる陽菜は……?」
「分かんねぇ。でも、病院のベッドに陽菜がいるのも、確かにこの目で見たんだよ」
「おいおい、それホラーじゃね?」
明が苦笑いしながら身を乗り出した。
「つーか、俺らは毎日普通に陽菜と話してるわけで。もしそっちが偽物なら……偽物の方がずっと俺らと一緒にいるってことになるよな?」
「ちょっと……なんか怖いんだけど……」
麻奈美が腕を抱えるようにしながら、戸惑いを隠せない様子だった。
「なあ、健太」
明が不意に声を潜める。
「……お前、今の陽菜が“偽物”だって証拠、何かあるのか?」
「……証拠?」
「だってさ、お前が見た病院で寝てる陽菜が“本物”だって、どうやって確かめたんだよ?」
健太は一瞬、言葉に詰まった。
確かに、自分が「病院にいる陽菜が本物だ」と決めつけていた根拠は何だ?
「それに、もし今の陽菜が本物じゃないとしたら……お前、どうするつもりなんだ?」
明の問いに、健太は答えられなかった。
「どっちかが“本物”で、どっちかが“偽物”って……そんな簡単に割り切れるもんじゃないだろ?」
ファミレスの喧騒の中、三人の間には妙な沈黙が落ちた。
健太は胸の奥がざわつくのを感じながら、視線をテーブルに落とした。
「よし、とにかく三人で確かめに行こう」
明が勢いよく立ち上がった。
「え、今から?」
麻奈美が驚いたように目を丸くする。
「そりゃそうだろ。こういうのは早めに確認しないと」
「まあ……確かに」
健太も頷く。
ファミレスを出た三人は、そのまま病院へ向かった。
健太が病室の前に立ち、息を整える。
——絶対に、いるはずだ。
そう思いながら、ドアをゆっくりと開けた。
しかし——
「……誰?」
そこにいたのは、まったく見覚えのない女性だった。
年の頃は五十代くらいだろうか。横になって静かに眠っている。
「え……? いや、ちょっと待て……」
健太は思わず部屋の番号を確認した。
間違いない。ここは確かにいつも通ってた陽菜が入院していた病室だ。
「……陽菜は?陽菜はどこですか?」
「んー? ああ、大川さんね」
ナースステーションにいた看護師がカルテを確認する。
「えっとね、大川陽菜さんなら、数ヶ月前にとっくに退院してるわよ?」
「……は?」
健太の脳が、理解を拒否する。
「退院……?」
「うん、確かに。ご家族と一緒に帰ったはずだけど」
健太の全身に、冷たい感覚が広がる。
陽菜は——病室にいなかった。
「健太……?」
後ろで麻奈美が、不安げに声をかけてくる。
「いや、だって……そんなわけない……」
健太は何かの間違いだと思い、もう一度看護師に尋ねようとした。
だが——
「なあ、健太」
明が肩を叩いた。
「お前、ちょっと疲れてるんじゃないか?」
「……何?」
「ほら、ここ最近ずっと剣道の練習もしてたし、いろいろ考えすぎてんだろ?」
「ちょっと待ってくれよ、明。俺、確かにこの目で……!」
「落ち着いて、健太」
麻奈美が少し強めの口調で言った。
「……もしかしたら、何かの勘違いかもしれないし、一旦ゆっくり休んだ方がいいよ」
「そうそう、飯食って寝りゃ、意外と頭がスッキリするもんだぜ」
健太は思わず明を睨んだ。
——なんで、そんなに落ち着いていられるんだ?
だが、二人の視線は真剣だった。
「……俺、おかしくなってんのか?」
自分の記憶が、本当に正しいのかどうか。
それすらも分からなくなってきた。
⭐︎⭐︎⭐︎
後日、健太はまた病院へ向かった。
病室のドアを開ける。
——そこにいた。
陽菜が。
変わらず、ベッドの上で静かに眠っていた。
(やっぱり……陽菜はここにいたんだ)
間違いない。前回、明と麻奈美と一緒に来た時、陽菜の姿はなかった。だが、今はこうしてちゃんといる。
(じゃあ、あの時は一体……?)
健太は頭を整理しようとした。
(もし、あの時、明と麻奈美を連れてこなかったら……?)
考えがぐるぐると巡る。
——もしかして、二人を連れて行ったから陽菜が消えたんじゃないか?
(いや、そんなことがあるか? でも、もしそうなら……)
そう思った健太は、念の為、再び明と麻奈美に病室へ行こうと提案した。
そして、また同じ結果になった。
病床の陽菜は、やはり消えていた。
「お前、ここに何しに来たんだよ?」
明が不思議そうに尋ね、心配な顔をされる。
麻奈美に至っては、薄気味の悪い顔をされた。
だが、健太は答えられなかった。
(……どういうことだよ……)
ーー何が起こっている?
ーー何が「正しい」んだ?
それ以来、健太は、病床の陽菜のことを二人に相談するのをやめた。




