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【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

あなた、幽霊ですよね?

作者: 小雨川蛙

 

 あるタクシー運転手が暗い夜道で客を拾った。

 時間はもう午前2時を回っている。

 客は女性でどこか虚ろな表情のまま行先を告げた。

「かしこまりました。それにしても、随分と遠くですね」

 実際、女性のいう目的地までは高速道路を使っても数時間はかかる。

 当然ながら料金もそれ相応にかかることだろう。

 しかし、女性の方はまともな反応を示さない。

「それではまいりますよ」

 運転手はタクシーを運転しながらバッグミラーで彼女を窺う。

 もう随分と長い間、こうしているから分かる。

「あなた、幽霊ですよね?」

 快活な声で尋ねると女性の身体がびくりと震えた。

 小声で何事か言っているが運転手は聞かないままに言う。

「分かるんですよ。もうこの仕事は長いですからね」

 運転手はそういって目的地へと車を運転しながら彼女に話し続ける。

「自殺に他殺……幽霊ってのはそんな恨みの中で死んだ連中がなるって思われがちですが、あなたはどうやらどっちでもないらしい」

 事実、こんなにも虚ろな表情をしているのに彼女からは邪気らしいものが感じられない。

「大方、病死ってところでしょう。まだ若そうですし。未練があるからこうして彷徨っている……ってところでしょう。どうです? 図星でしょう?」

 バッグミラーから見える女性は縮こまったままだ。

 真実を指摘されたからだろうか。

 女性は体を小刻みに震えさせている。

「行先の家はあなたの実家ですか? それとも友人か恋人の家かな? いずれにせよ、顔を見たらすぐに成仏することです。出ないと永遠にこの世を彷徨う羽目になってしまう」

 そんな話をしているとやがて女性が告げた目的地に辿り着いた。

 運転手は振り返るとにこりと笑っていった。

「お代は結構ですよ。どうせ、あなたはお金を持っていないでしょうし。それに」

 一度、運転手は言葉を切って照れ笑いをしながら言った。

「私も幽霊なんですわ。ほら」

 そういって運転席から体を器用に動かして足を延ばした。

 いや、正確には足を延ばしたように見えただけだ。

 何せ、足先はそこになかったのだから。

「それじゃ、扉を開けます。すぐに成仏するんですよ」

 そんな言葉と共に開いた扉から女性は慌てて外へと飛び出した。


 飛び出すと同時に彼氏が私を出迎えてくれた。

 タクシーの中で震える指で彼氏に連絡をしていたおかげだろう。

 しがみつくように抱き着いて泣き出す私の背中を何度か擦りながら彼氏は言った。

「怖かったな」

「怖かったどころじゃないよ! 変な事言い出すと思ったら、あの人、足がないんだもん!」

 そんなことを喚く私を抱きしめながら彼氏は笑うと、驚くべきことに開いたままのタクシードアに向かって声をかけた。

「おっちゃん。あんまし驚かすなよ。それにこの子はまだ死んでない」

 そう言うとタクシーの運転手が「へ!?」と素っ頓狂な声をあげてこちらを見た。

「死んでないの!? その子?」

「うん。ほら、見てみて。足はしっかりある」

「げっ……」

 そう言うと同時にタクシーの運転手は気まずそうな顔をしてそのままタクシーを走らせた。

 震える私と対照的に彼氏は苦笑いをしながら告げる。

「あの人、俺の地元に居たタクシー運転手なんだよ。もう十年以上も前に死んじゃったんだけどね」

 そう言って彼氏は温かな自分の家へ私を連れて行く。

「運転が好きな人情のある人でね。時々、俺の地元へやって来る客を捕まえてはこうして連れてくるんだよ。相手を幽霊と勘違いしてね」

 呆れ笑いをする彼に私は言った。

「なんで、あの人、私を幽霊と勘違いしたの?」

「大方、眠そうな顔を虚ろな表情と勘違いしたんじゃないか? とにかく、あのおっちゃんは乗せてくる客を皆、幽霊と勘違いしてんだよ」

「失礼過ぎない?」

 大分恐怖が薄まって段々と腹が立ってきた私がそう聞くと彼氏は苦笑いをしながら言った。

「確かにな。だけど、良かったじゃないか。ここまでタダでこれて」

 そう言われては黙るしかない。


 人を幽霊と勘違いする失礼極まりない幽霊は今日もどこかでタクシーを運転している。

「あなた、幽霊ですよね?」

 勘違い丸出しな問いかけをしながら。


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― 新着の感想 ―
 物は無くとも乗れてしまえる事にも、方方にタダ乗りしているお話に思えて笑いました。
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