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プロローグ・はじまりのきっかけ

初小説です。


拙い文章、未熟な点、お見苦しい点など多々あると思います。


読んでいただき、少しでも楽しんでもらえたら、非常にうれしいです。



 ダン!

 踏み込みの音。道場中に響き渡る。

 道場の中は、蒸し暑い。窓は全開だ。ときおり、ひんやりとした風が吹き込む。ただ、それは室内の気温が外気よりも異常に高いために、冷たく感じるだけだ。

 今は、夏。昼を少し過ぎた、一番暑い時間だ。開け放してある窓から、厳しい日差しが容赦なく射し込んでくる。

 近くの雑木林では、蝉が鳴いている。あの鳴き方は、油蝉だろう。

「あぁーーー!」

 デカイ声だ。

 防具越しで、少しくぐもって聞こえる。そのため、叫んでいるのか、または何か言っているのか、わからない。あれは、気合を入れる発声だよ、と後で教えてもった。

 あいつの声じゃ、なかった。普段はあんな大声出さないくせに。

 バン!

 竹刀同士がぶつかった。あんなもので叩かれたら、おれは、痛さを我慢できるだろうか。もしも防具をつけていなかったら、たぶん、くやしいけど、泣く・・・だろう。いや、防具をつけていても、臆するだろう。それほどに鬼気迫るものがあった。

 あんなに勇ましく、敵に向かっていくあいつの姿は、見たことが無い。いつも、泣いていた。おれの後ろで、泣いていたんだ。何が、あいつをこんなに変えたのだろう。今のあいつは、ムサシだ。このまえテレビのドラマで見た、宮本武蔵にそっくりだ。

 

 剣道・・・か。

 おれの知らないうちに、始めていたらしい。かれこれ一年前からだそうだ。

 あいつは、体験入会のチラシを、小母さんの後ろに隠れながら持ってきたんだ。おもしろいよ、と。大ちゃんもやろう、と。

 正直、全く興味なかった。

 サッカーや、野球の方がずっとカッコイイ。あんなの、重たそうな防具をつけて、不恰好な竹の棒で相手を叩くだけじゃないか。そう、思っていた。全然かっこよくない。でもあいつが、どうしても、と言うから見学だけのつもりで見に来た。

 おれが来たことがうれしかったのか、あいつはいつも以上にはにかみながら、道場を案内してくれた。そして、ひと通り案内を終えた頃、ちょうど練習の時間になった。あいつは、ちょっと着替えてくるね、と明るく言って更衣室へと消えていった。ほんの数分後、戻ってきたあいつを見て、おれは驚いた。

 胴着に着替えたあいつは、別人だった。

 いつも泣いてばかりの優也が、別人のように見えた。

 隣の家に住んでいる優也。ケンカしてはすぐに負けて、おれに助けを求めてきた幼馴染。その、よく知っているはずの幼馴染の、違う一面を見た。そこには、優しいけれど、臆病で泣き虫な優也は居なかった。居たのは、真剣な表情で竹刀を手にし、堂々と胸を張っている剣士だった。

 その姿に、その迫力に、その凛々しさに・・・見とれた。

 かっこよかった。素直に、かっこいいと思った。

 

「メーーン!」

 どうやら優也が勝ったようだ。細かいルールはわからないが、一本勝ちと言うらしい。

 優也の試合を最後に、ちょうど終了の時間になった。「ありがとうございました!」道場にいた二十名ほどの小中学生がいっせいにあいさつをした。そのあいさつは、大樹がいつもしている気の抜けたあいさつと違い、刺すような鋭さがあった。

 礼というらしい。

 学校で授業の始まりや終わりにする礼と同じようで、少し違う。

 剣道における礼は、相手を尊重し、相手に礼を尽くして、剣を交える、ということの証らしい。この礼をみんなが守らないと、剣道という競技自体が成り立たないという。

 そう。

 お互いが礼を尽くすということを、信じあって成り立つスポーツなのだ。だからこそ、相手の信頼を裏切るようなことは、絶対にしてはいけない。勝ち負けという概念は、この礼を守って初めて、現れるのだ。

 だから、他のスポーツよりも、礼に厳しいらしい。とても大事なことなんだよ、と優也に教えてもらった。

 その礼が終わり、解散となった瞬間、それまでのピンと張りつめた空気が和らいだ。あちこちで、子ども達がふざけあったり、おしゃべりを始めたりだの、見慣れた光景に変わった。

 面と呼ばれる頭を守るための防具をとった優也は、頭に手拭いを巻いたまま、きょろきょろとあたりを見回していた。そして、おれを見つけると、まだ上気したまま顔で、おれの傍に走りよって来た。

 その表情を見ると、笑っていた。おれといると、いつも見せる、そのやわらかい笑みだ。おれのよく知っている、幼馴染に戻っていた。

 おれまで、つられて微笑んでしまう。

「大ちゃん!見てた?」

 まだ、息が整っていないようで、肩で息をしている。

「うん」

 おれは、少しぶっきらぼうに答えた。

「ぼく、どう・・・だった?」

 おれの様子に戸惑ったのか、不安げな表情になった。

「うん・・・えっと・・・その・・・・」

 答えに、詰まった。

 正直に言うのは、ちょっと悔しかったからだ。でも、防具を外した、いつもの優也を見ていたら、どうでもよくなった。

「かっこ・・・よかった」

 悔しいけど。

「ほんと?ほんとに!?」

「おう」

「やったー!大ちゃんに褒められた!」

 よほどうれしかったのだろう、優也は飛び上がって喜んだ。それを見て、ちょっと照れくさくなった。人に「かっこいい」なんて言う事、今までなかったから。

「お、おれのかっこよさに比べたら、ずっと下だけどな!」

「そうだね、大ちゃんかっこいいモンね!」

「おうよ!」

 おれは、胸を張って言った。

「・・・プッ、あははは」

 吹き出して笑い始めた優也を見て、

「なんで、笑うんだよ」

「だって、自分でかっこいいって・・・・あははは」

 自分でも、おかしくなってきた。

「こいつ!・・・・はは、ははは。そうだな。あははは」

 二人して、腹を抱えて笑った。

 

 もう、空は赤く染まりだしていた。暑さはほんの少しだけやわらいでいた。

 道場から家までの帰り道、優也と二人であぜ道を一緒に歩いた。道の両側に広がる水田には、稲がおれの身長よりも高く、青々と伸びていた。もうしばらくすると、色が金色になってきれいなんだよな。そう思いながら、優也と他愛の無い話をした。昨日のテレビで見たお笑い芸人の話、友達にゲームを借りた、そのゲームが面白かった、今度サッカーしような、そんないつもと変わらぬ話をしているうちに、家に着いた。

「じゃあね大ちゃん!また、明日!」

 おれの家の前で、優也が言った。

「おう!明日は、遊びに行こうな!」

「うん、バイバイ!」

 お互いに手をふり、別れた。

 玄関へと向かうと、庭の方から「わふ、わふ」と子犬の声がした。つい最近飼い始めたラブラドールレトリーバーのハヤテだ。おれの帰りがわかるなんて、やっぱりハヤテは頭いいな。でも今は、ハヤテの相手している場合じゃないんだ。重い玄関の扉を両手で開け、中に入るなり、台所に走った。きれいに靴なんてそろえている場合じゃない。

「母さん!母さん!」

 どたどたと台所に入ると、夕食の準備をしている、母さんがいた。はやく母さんに教えないと。

「あら、大樹。お帰り」

「母さん、おれ・・・」

「もう、帰ってくるなり、どうしたの?外から帰ったらまず手あらいをしなさいって言っているでしょ。もう・・・」

 母さんは、おれの方をちらっとだけ見てから、すぐに料理のほうへと向いてしまった。

「母さん!おれ!おれ・・・きょう、優也の剣道見てきたんだ!」

「あらあら、そうだったの。それで?優也くんどうだった?」

「優也ね、優也のやつね、すっごいかっこよかった。剣道すげぇんだよ!」

「そう、それはよかったわねぇ」

「うん、でね、でね、優也のやつね・・・」

「あんたもちょっとは優也くんを見習って、やってみればいいのよ。少しは母さんの言うこと聞くように、鍛えなおして欲しいわ」

 母さんはため息をつきながら、なにやらくどくど言っていた。でも、おれには、「やってみればいいのよ」という言葉しか耳に入らなかった。

「うん・・・おれ、やるよ」

 おれは、つぶやいた。頭のなかに、普段と別人となった優也の凛々しい姿が浮かんだ。おれも、ああなりたい。優也みたいになりたい。

「・・・武道なんて、精神鍛えるものだからあんたには必要かもね。もう、ちょっとは落ち着いて欲しいもんだわ・・・」

 母さんは、おれの言葉が聞こえなかったみたいだ。おれを気にせず、まだぶつぶつ言っていた。おれも、優也と一緒に剣道やりたい。やりたいんだ。

「・・・まったく、最近全然、母さんの言うこと聞かないしもう、困ったものよ・・・」

 相変わらず母さんは、料理の手を休めずにいる。

「母さん・・・」

「それに、お手伝いも全然しないし・・・」

「母さん!」

 おれは、すこし大きな声で言った。それに驚いたのか、やっと母さんは手を止めておれの方を見た。

「なによ、大きな声だして?どうしたの?」

「おれ・・・おれね・・・」

 おれもやるんだ。

「おれ・・・剣道やる!」

 優也と一緒にやるんだ。ぜったい。

 台所の開け放してある窓から、セミの声が聞こえた。もう、ヒグラシが鳴きだしていた。

 

 小学3年の夏休み。

 まだ子どもだった、おれ。長い長い夏休みは、いつまでも続く永遠に感じた。この日は、その永遠のたった1日の出来事だった。

 でも、忘れられない1日だった。

 おれの今までにない真剣さと決意に驚きながらも、母さんはすぐに道場へ行くことを許してくれた。防具や胴着など揃えるものにお金がかかると、文句を言いながらも、おれが自分からなにかをやると言ったことがうれしかったのだろう、喜んでいるのがなんとなくわかった。

 そして、おれもやり始めることを、優也に電話で伝えると、あいつもすごく喜んだ。一緒に道場で一番強くなろうね、と約束した。

 そう・・・。これが、おれと剣道との出会いだった。

 

 


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