聖女と結婚したいと言い続けた兄王子の婚約破棄
「俺は聖女と結婚するんだ。なんでお前のような女と」
兄王子は婚約者との顔合わせのお茶会でそう宣言してさっさと去って行ってしまった。
「………申し訳ありません。スターチア様」
そんな兄の無礼を妹であるわたくしは心の底から詫びた。
「いえ……タチアナさまに謝っていただく事では……」
スターチア様から気にしないでほしいと告げられても私が気にするのは当然だ。
もともとスターチア様は公爵家を継いでくれる婿を探していて、幼馴染であり、婿入りに支障もなく、想いあっていた伯爵家の三男であるクォーツ様と婚約が決まる直前だったのを王家が横槍を入れて兄王子と婚約をする事になったのだ。
それもこれもスターチア様の髪の一房が過去何回か降臨された聖女様と同じ黒髪だからという理由で。
我が国では危機が訪れると聖女が降臨して危機を救ってくださる。神の知識で、技術で。神から授かった聖なる力で――。
で、聖女は王族に嫁ぐ事が多いのもあって、兄は聖女に憧れた。聖女と結婚したいと言い出すほど。
(だけど、幼い子供なら微笑ましいけど、10歳を過ぎた王族がいまだに言っているのが問題なのにそれを理解していない)
王族として教育をされていくうちにすべきことを理解して諦めるはずなのに。
「……そうですね。所詮父の自己満足ですからね。聖女に憧れ続ける兄は聖女の血が濃く出たスターチア様と結婚させておけば満足だろうと、思いあがった王族が貴女を犠牲にしているのですから」
聖女の特徴である黒髪を一房でも持つのなら兄が満足するだろうと思った父である王が婚約を決めたが、兄はそんなまがい物などいらないとスターチア様に失礼な態度をとったのだ。
「殿下とは会ったばかりなので仕方ありません。きっと互いを知っていけば」
だが、スターチア様の希望は無残にも破られた。
兄王子にとってはまがい物が自分の髪を見せつけて婚約者の座に納まったという認識であり、王家が命じた婚約だと思っていないのだ。だからこそ、スターチア様を邪険に扱う。
幼い子供ならいざ知らず、学園に通い、間もなく卒業という年頃になっても考えを改めることをせずに――。
「殿下。それはあまりにも」
諫言した側近候補は生意気にも意見したと側近から外して、彼の実家にも罪を着せようとしたので私は慌てて諫言した者を庇い、だが、このまま兄の視界にいるとまた何か言われるだろうと予想できたので彼らの意見を聞き、望めば隣国に留学をさせ、その資金をそっと渡しておいた。
「我が国が嫡子制度で女性が王になれない法律が無ければタチアナ姫殿下を」
兄の態度を見ていた貴族の令嬢が憤慨したように言い掛けた言葉をそっと遮るように口元に指を持っていき、
「気持ちは嬉しいけど、それが形になる前にわたくしは消されるでしょう。それに、王家に叛意ありと思われるから」
言っては駄目よとそっと叱ると顔を赤らめて黙ってくれる。
「スターチア様のお立場を理解していないのにも困りものね」
兄に冷遇されている婚約者と陰口を叩かれてお辛いのにそれを表に出さないで前を見ている様は素晴らしいが、いつか折れてしまうのではないかと不安に思えた。
「お父様に婚約を解消してもらえるように伝えた方がよさそうね」
遅いかもしれないが今なら間に合うかもしれないと裏で動いている時に事件が起きた。
「聖女が降臨される。お前との婚約を破棄する!!」
学園祭の矢先に兄がスターチア様に向かってそう発言をしたのだ。近年、作物の育ちが悪く異常事態が起きているのだが、その対策を行っている最中に神殿から神託が下ったと報告が来たのだ。
【聖なる者を送る】
それを聞いた兄は高らかに笑いだして、皆がいる前でそう宣言したのだ。
「お兄様!!」
スターチア様になんて恥をかかせるのだと慌てて詰め寄る。スターチア様は衆目を浴びて、ここまで侮辱されて、懸命に耐えていたがもう耐えられなかったのだろう。涙を流して倒れてしまった。
「スターチア!!」
そんなスターチア様が怪我しないようにと支えるために前に出てきたのは本来ならスターチア様の婚約者になるはずだったクォーツ様。
彼は三男なのに婿入り先を探さずに独身で騎士になると宣言してずっとスターチア様を想っていたのを知っていた。だが、だからこそスターチア様の傍に近付くこともせずに、遠目でその姿を目で追うことしかしていなかった。自分の行動が彼女の足を引っ張ると理解していたからこそ。
「殿下っ!!」
クォーツ様は怒りを宿して睨む。このままではクォーツ様が罰せられると思ったので、
「お兄様。スターチア様の婚約を破棄するという言葉に二言はありませんね」
「当然だ。俺は聖女と結婚するからな」
「そうですか。――ならば、王女タチアナの名において、クォーツ様がスターチア様を想っていて、スターチア様も同じならば結婚を命じます」
二人が互いに今も想いあっているならば結婚しなさいと命じるとクォーツ様はそっと頭を下げる。これで誰も横槍を入れられないだろう。スターチア様の価値を理解している者たちは兄から奪うために色々策を巡らせていたのだから。
「ああ。それもいいな。こいつをくれてやる。ああ、こいつが王城で使っていた部屋は聖女を迎えられるように整えないとな」
と近いうちに降臨する聖女に想いを馳せている兄とわたくしの元に、父から緊急の知らせが舞い込んできた。
神殿に異常な力が発生したので【聖なる者】が降臨すると――。
「やっと会えるんだな」
目を輝かせている兄を冷めた目で見つつ、こんな兄と結婚するかもしれない聖女がどんな人物かが気になる。良識がある人であれば兄の行いを快く思わないだろう。
(兄と同じような考えだった場合は気は合うかもしれませんが……)
ちなみにスターチア様とクォーツ様も一緒に来てもらった。兄の婚約破棄は兄自身とわたくしが認めたけど、父は認めていないし。
(父なら婚約破棄ではなく解消に持っていくでしょうし)
兄とわたくしは破棄と宣言したがどちらが有責かの捉え方は正反対だ。父はどちらに責があるか知っているからこそ解消に持っていきたいだろう。
今までのスターチア様に対しての扱いの酷さからして、婚約解消で許されるとでも思っているのかしら。そして、そんなことを全く気にせずに聖女との出会いに期待している兄を見て、地獄に落ちればいいと思ってしまう。この世界にいきなり降臨される聖女様には悪いが。
神殿の一角に光が集結していく。そして、人の形になる。
「ああ。聖女さま。お待ちしていました!!」
兄の感極まった声に、
「…………えっと、すみません。聖【女】じゃないです…………」
申し訳なさそうに現れるのは日に焼けた好青年。
「――ああ。それで【聖なる者】だったんですね」
思い返してみたら【聖女】だとは一言も神託にない。
「な、な、な………」
兄は驚きのあまり言葉にならないようだ。
「…スターチア。聖女はどうやらいなかったからな。お前との仲を深めてやってもいいぞ」
上から目線の問題発言に。
「いいえ。お兄様」
父にきちんと話を通していないのにここで婚約破棄を破棄されたらたまったものではないと思ったので口を挟んで。
「お兄さまはスターチア様と婚約を破棄されました。わたくしは二言はないと確認しましたし、破棄されたスターチア様とクォーツ様の婚約を命じました。王族の命令は簡単に翻りません」
「だ、だが……」
「えっと……、婚約していたそこの兄という人が、自分で婚約破棄したのにそれを無かったことにするって言っているの? 何でそうなったのか分からないけど、それを許してもらえると思ってるのか。おかしいと思うけど」
降臨したばかりの聖人さまは現状は把握できていないが何となく察したのかそんな風にこちらを援護してくださる。
「そう思いますよね。聖人さま。兄は聖女と結婚したいからと婚約者であったスターチア様をずっと冷遇して、婚約を破棄したのに降臨したのが聖女さまではなく聖人さまだったから婚約破棄を破棄したいと勝手な事を言っているのですよ」
「なんだよそれ。酷く勝手だな。でも、さっきの話だとその婚約者さんに別の結婚を命じたとか」
「はい。本来ならすでに婚約をしていたはずのスターチア様とクォーツ様の関係に、王命で横やりを入れて無理やりした婚約だったんです。なので、それを元に戻したかったのですよ」
「そうなんだ!! それで悲しむ人いない? 本人たちの気持ちとか……」
「それはありません。私はずっとスターチアのことを!!」
「……申し訳ありません。王命だから諦めないといけないと思っていましたが、実はずっとクォーツのことを」
クォーツ様とスターチア様の言葉に聖人さまがほっと一安心したように笑って、
「ならよかった。幸せにね」
「「はいっ!!」」
聖人さまの祝福だ。もう王命でも覆せないだろう。へなへなと崩れていく兄を見てざまぁみろと笑ってしまったのをそっと扇で隠す。
それをどこか面白がっているかのように聖人さまが見ていた。
聖人さまは元の世界では農業指導をしていたと話をしてくれた。
「貧しい国に農業を教えていく仕事をして老衰で亡くなったんだけど、気が付いたら若返っていて驚いたよ」
育たない畑を見て、土地が弱っているからと貝殻を細かく砕いで畑にまくように教えながら自ら実践してくれている。同じように一緒に行いながら話をしていた。
「ああ、書物にありました。聖女さまはほとんど天涯孤独で亡くなってからこの世界に降臨していたと。それと……聖人さまも数少ないですがいたことも」
だけど、聖女さまと違い聖人さまの末路は悲惨だ。王族よりも人気のある存在を認めるわけにはいかない。女性なら王族にしてしまえば大丈夫だけど男性なら……。
「ああ、だからあの光の球が変な事を言ったのか」
どうやら聖人さまは神に会っていたようだ。
「今回は女王に即位してもらえそうだから安心して男性でも送り出せる。とか」
どこか揶揄うような口調。
「で、俺と女王になる存在の気持ちが同じなら結ばれてほしいとね。正直、俺は見た目こそ若いけど中身がお爺さんだから、そんな孫ぐらいの若い子相手に失礼だと思ったんだけどね」
あの光の球の思惑に引っ掛かったよ。そんなことを告げてこちらの反応を楽しむ彼は、先日聖人の名前の下スターチア様とクォーツ様の結婚を祝福して簡単な手品といって奇跡を起こした人と同一人物とは思えない。
「君からすれば政治的な思惑だろうけど、結婚を考えてもらえますか」
作業着のまま格好悪いなと思えたけど、それが聖人さまらしかったので笑ってしまう。少なくとも兄よりも誠実だ。
「ええ。喜んで。――恭太郎」
と彼の名前を呼んだのだった。
その後兄は賠償金を払うために処分されました。聖人さまが手を回したので当然王族として追放されています。
降臨まで時間掛かったのは神が王子の反応を待っていた件。