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宣戦布告



クライスとイリスが応接室のソファに並んで腰を下ろしたところで、アルバートとエドガーが遅れて入室してきた。アルバートは満面の笑みを浮かべており、イリスは不思議に思いながらも言及はせず首を傾げるに留めた。アルバートとエドガーが向かいのソファに座ったところで、静かな空気を裂いたのはまさかのクライスだった。


「…ふ、ははっ…」

「!?」


肩を震わせ、口元を手でおさえながら笑いを堪えるクライスをエドガーが目を見開いて驚き見つめた。しかし、堪え切れないというようにクライスは大口を開けて笑い始めたのだ。


「はははっ!見たか、あの顔!最っ高だ、彼奴のあんな顔は初めてだ!ははっ!」

「見たよ、彼女があんな顔するなんてね!あっはっはっ!」


口を開け呆然とするエドガー、同じように笑い声をあげるアルバートはいつもの敬語ではなく砕けた口調で、そんなアルバートと大笑いするクライスをじとりと見つめるイリス。普段の彼らを知っている人なら信じられないような光景が応接室で繰り広げられていた。


「楽しまれたようで何よりですぅ〜。こっちは内心ハラハラしたってのに!」


イリスが拗ねたように口を尖らせると、クライスは目の端に浮かんだ涙を指で拭い、笑いの余韻を残しながら労わるようにイリスの頭をぽんぽんと軽く撫でた。


「悪い、そう拗ねるな」

「いい宣戦布告でしたよ、イリス嬢」


クライスとアルバートにあやされたイリスは肩を竦めると背もたれにぽすん、と背を預けた。


「クライスが煽れって言うからそうしたけど、最後の無表情めちゃくちゃ怖かったんだから」

「その無表情を引き出したっていうのが、最高なんですよ」


アルバートが言うと、クライスは同意するように頷いた。


「彼奴の仮面のような笑み以外見たことがないからな。あの反応は最高だった」


そんなやりとりを見守っていたエドガーはようやく事態を飲み込めたようで、えっと…と口を挟んだ。


「つまり、イリスがミーナ様を煽るように、クライス様が事前に指示してたってことですか?」

「ああ。予想以上の反応だった」

「えっと、クライス様はミーナ様のことを…その…」


言いにくそうに口篭るエドガーの続きをアルバートが引き継いで答えた。


「苦手ですよ、心底」

「そうなんすか!?」


信じられない、と言うように再び驚愕の表情を浮かべたエドガーにアルバートは笑みをこぼし、イリスはチラリとクライスに視線を向けた。当のクライスはというと、腕を組み面倒そうにため息を吐いた。


「近いうちに婚約は解消する」

「えええ!?」

「今は材料集めをしている最中です。王国関係者には秘密ですよ、エドガー」

「わ、わかってるっての!」」


言えるわけねぇし、と顔を青ざめたエドガーに苦笑いするイリスは、少しだけ彼の気持ちが分かり同情した。


「それにしても、イリス嬢の煽りスキルには驚きましたよ。もしかして煽り慣れてます?」

「んなわけないでしょ。でもまあ、ちょっとスッキリしたけど…」


ほんの少しだけ、クライスの婚約者という立場の彼女に対して私情が入っていたのを否定できずイリスは気まずそうに視線を逸らした。そんなイリスをクライスは横目で見てふっと笑った。


「俺、イリスはいつもみたいに素でやってんだと思った…」


エドガーが感心したようにイリスを見ながら言うと、イリスはいやいや、と首を横に振った。


「流石にあそこまで空気読めないわけないでしょ」

「いや、読めないだろ」

「読めないですよね」

「読めないだろう」

「一斉攻撃やめて?」


まったく…と、つい先ほどの一幕を思い出しながらイリスは説明を始めた。


「正直言うと、声をかけられた後の間は本当に固まってたっていうか…どうしようかな〜って考えてたんだよね。クライスから可能性として聞いてはいたけど、こんな初っ端から大勢の前で絡んできたか〜って」

「フリーズというよりは、冷静だったということでしょうか」


アルバートが面白そうに聞けば、イリスは斜め上を見上げながら少し考えたあと、自分でも納得するように何度も小さく頷きながら答えた。


「んー、そう…かも。焦りもなかったし、慌てることもなかったし。割と冷静にどうしよっかな〜って感じ」

「まじかよ、あんな特殊な空気のど真ん中にいたのに…」


エドガーは若干引いたようにそう溢した。アルバートがイリスに説明の続きを促す。


「それで、冷静に考えて思いついたのがあの返しだったと?」

「うん。目立つように声をかけてきた意図はわからないけど、だったらこっちもそれを利用させてもらおうと思って」


利用?とエドガーが尋ねた。


「ミーナはクライスの婚約者で、誰もが次期王妃だって認識してるわけでしょ?誰から見ても完璧なご令嬢。次期王妃候補として積み重ねてきたそんなイメージを崩したくはないだろうから、とりあえず軽くひっかけてみたの」


イリスは足を組み、一度小さく深呼吸してからワントーン低い声で静かに思惑を告げた。


「あの大衆の前でプライドを傷つけられて、自分の立場を守るためにどれだけ我慢できるか」


イリスの口元は僅かに弧を描き、そのペリドットの瞳に鋭さが宿った。エドガーの顔は驚きに包まれ、アルバートは無意識に背筋が伸びごくりと息を呑むと真剣な表情を浮かべた。


クライスは特に表情を変えることなく静かに顔をイリスに向け、話を続けるよう視線で促した。


「予想通り、あの子は私の態度に可愛らしい笑顔を崩さなかった」

「だから追撃を仕掛けた、と」


アルバートの言葉にイリスは頷いた。


「そう。クライスの近くに、貴女"達"の思い通りには動かない異質が混ざり込んでる。でも周りには既にその存在を受け入れている生徒達の目がたくさんあって、更にはこうして貴女が大勢の生徒達の前で声をかけてくれたおかげで私がクライスのそばにいることを肯定するしかない。今回は、私の勝ち……ってね」


イリスが挑戦的な顔で微笑むと、エドガーはごくりと喉を鳴らしアルバートは「はは、これはまた」と感心を隠さず驚愕を含んだ笑みを溢した。


「…成程、流石に納得せざるを得ませんね。色々と」


アルバートはそう感想を述べクライスに視線を向けると、クライスは頷く代わりにゆっくりと瞬きをした。


「で、ご所望通りあの子を煽ったのはいいけど…なんの意味があったの?」


気を取り直してイリスがクライスにそう尋ねると、クライスは肘掛けで頬杖をついた。

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