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終わりと始まり


────後夜祭の会場。


イリスはリチェル達と合流し華やかなホールに並ぶビュッフェを堪能し、美味しい食事に満足して今度は会話に花を咲かせていた。


「そういえば、もうすぐ春休みだけどイリスはどうするの?」

「うーん、特に決めてなかったや。リチェルは?」

「私は帰省してお母さんに薬を届けるつもり」

「そっか、少しでも良くなるといいね!」

「うん、ありがとうイリス」


春休みか、とイリスは実家代わりのブランディーユ教会を思い浮かべる。孤児院のマザーやみんなは元気だろうか。一度帰るのもいいかもしれない、そう思っていると後ろからポンと肩を叩かれた。


「楽しんでるか?」

「カイル!もちろん,いっぱい食べてるよ!」


イリスの答えに軽快に笑ったカイルは、あのさ、と口を開いた。


「イリス、春休みって帰省する予定か?」

「どうしよっかな〜って考えてたとこ。どうして?」

「もし予定がないなら、ルードニアに遊びに来ないかってお誘いなんだけどさ」


どう?とウインクを決めたカイルに、イリスは目を輝かせた。


「ルードニア共和国!?行けるの!?」

「もちろん、招待するぜ」

「でもなんで?」


なぜルードニアに、とイリスがさらに疑問を口にすると、カイルは含み笑いを浮かべたあと得意気な顔で言った。


「なんたって、俺はルードニア共和国大統領の息子だからな」

「「……………ええええ!?」」


会話を聞いていたリチェルとイリスの驚きの声が重なった。


「なにそれ、どういうこと!?」

「俺がクライスに気兼ねなく話してんの、おかしいと思わなかったのか?」


カイルがさもネタバラシだと言わんばかりに楽しげに言うと、リチェルが驚きを引きずったまま首を横に降った。


「イリスがあまりにも普通に話してるから…私も感覚麻痺してたかも…」

「私のせい!?」

「うん、イリスのせい」

「そんなこと言わないでよ〜」


イリスとリチェルがじゃれていると、ホールに鐘の音が二度鳴り響いた。そして、生徒達の視線は中央階段の上に立っている学院長に向けられた。生徒達の視線が集まったことを確認し、学院長は一つ頷くと口を開いた。


「スティア魔法学院生徒諸君、学院祭は今年も盛況であった。皆の尽力、大変嬉しく思う」


学院長の労いの言葉に、生徒達は拍手で自分たちを讃えた。


「さて、諸君に新たな仲間が加わることとなった。皆も既によく知るお方であろう。ミーナ・カルディオット様、どうぞこちらへ」


学院長か手を差し出すと、横から優雅に登場したのは呼ばれたその人だった。ミルクティーの髪を揺らし、特別科の青いマントを靡かせ彼女は学院長の隣に立った。


「ぜひ、ご挨拶を」


学院長の声かけに、ミーナは緩やかに頷くと前を見据え口元に笑みを浮かべた。完璧なまでのその微笑みに、誰もがうっとりと彼女を見上げた。


誰もが彼女が口を開くのを待っていた。しかし彼女は何も語らず、そっと足を前に踏み出した。こつ、こつとブーツの踵を響かせ、中央階段を降りていく。まるで舞台女優のように。その歩みは止まることなく、迷いもなく、ある場所へと向かっていた。




「先日はご挨拶もできず、大変申し訳ありませんでした。ミーナ・カルディオットと申します。以後お見知りおきを────イリス様」



イリスの前で立ち止まったミーナは、穏やかな表情を変えることなく透き通るような声でそう言うとゆっくりと小さく膝を曲げイリスへと敬意を表した。その様子に生徒達が一気にざわつき、途端にミーナへの憧れの視線が疑心と嫉妬の視線へと変わりイリスへと突き刺さる。


──階段の上から、アメジストの瞳が静かに二人を見下ろしていた。


「…………」

「…イリス、ちょっとイリス!」


黙っているイリスに焦りを覚えたリチェルが小声でイリスを急かすも、イリスは微動だにせずじっとミーナを見つめ返していた。流石に不思議に思ったリチェルもそれ以上は何も言わず、そっとイリスから離れた。


何も言わず何も反応しないイリスに違和感を抱きはじめた他の生徒達も次第に声を抑え、静かに事の成り行きを見守り始めた。


その時だった。


「ああ、あの時の!」


あまりにも場にそぐわない明るい素っ頓狂な声をあげ、イリスはパチンと手を前で合わせた。


「イリスです!えっと、ミーナだっけ?よろしくね!」

「ちょっ……!!」


慌てたリチェルの口を後ろから誰かが塞ぎ、その声がイリスに届くことはなかった。


「………よろしくお願いいたしますわ」


数秒の後、ミーナは静かにそう告げるとしなやかに会釈をしイリスに背を向け歩き出した。生徒達は目の前で繰り広げられた光景に絶句しホールは静まり返っている。


「そうだ!」


またもや空気を切るように声をあげたイリスに、生徒達の視線が一気に集まった。ミーナの足が止まる。


「たしか、ミーナってクライスの婚約者なんだっけ?」

「ええ、そうですわ」

「私、クライスの護衛に就くことになったんだ」

「!」


トントントン、とブーツの踵を軽快に鳴らし、イリスがミーナへと近づいていく。


「これからもたくさん会うと思うんだよね。ああ、もしかして…だから声かけてくれたんだ?」


くるりと赤いマントを翻しミーナの正面に回り込むと、下から覗き込むように腰を折り両手を後ろで組んで首を傾けた。


「ありがとう、ミーナ。すごく、優しいんだね」

「……────、いえ。お気になさらず」


その声色は先ほど変わらず鈴の音のような可愛らしいものだった。ただ、正面にいるイリスだけが一瞬、彼女の顔から一切の表情が抜け落ちたのを確かに目の当たりにしたのだった。



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