秘めた想い
太陽が傾き始めた頃、四人は市場に戻るとイリスを筆頭に露店を開く場所を決め、早速ものは試しに、と作ったミモザのアレンジメントを売ることにした。
即席での販売なのもあり、完売とはいかなかったけれど数人が足を止め、ブレスレットと壁飾りが売れた。
「どうしたらもっと足を止めてもらえるのか、売れるのか…こうやってたくさん経験して、考えて、試してみる。それを繰り返していけば、きっと二人で生きていく道が開けると思うんだ」
イリスがそう伝えると、少年達は真っ直ぐな瞳で力強く頷いた。
「ほら、クライスからもアドバイス、ない?」
イリスがそう話をふると、クライスは少年少女に頭からつま先まで視線をやり、口を開いた。
「商売をするなら、印象も重要になるだろう。店を出す時はなるべく小綺麗にしたほうがいい」
「…でも、かわいいお洋服もってないよ」
ニナが眉を下げて言うと、クライスは小さく首を横に振った。
「清潔感があればいい。子どもであれば、服装はさほど気にならない」
「せいけつかん…」
少年が繰り返す。助け舟を出すように、イリスが続けた。
「お店を出す前にお湯や水を浴びて、体を綺麗にしようねってことかな。服も、これからは意識して綺麗に洗ってみて。それだけで全然印象が変わると思うよ」
「それは、おねーちゃんの経験?」
「そのとーり!」
少年の言葉に親指を立てウインクをしたイリスを見て、少年少女は表情を綻ばせ「わかった!」と元気よく頷いた。
太陽が傾き、空が次第に紅く染まりつつある。クライスは空を一瞥すると、イリスに声をかけた。
「そろそろ戻るか」
「あ、そうだね。それじゃあ二人とも、しっかり頑張るんだよ!」
「ありがとう、おねえちゃん!ごほっ…」
「ニナ、俺たちもそろそろ帰ろう。その…ありがとな!」
支え合いながら去っていく二人の背中をしばらくの間見送り、イリスとクライスもその場を後にした。
鏡のある空き家へ戻るため再びポートジェネロの海岸沿いを歩いていると、空は綺麗な夕焼けに染まり、昼間の喧騒が嘘のように穏やかな空気に包まれていた。
一羽の海鳥が鳴き声をあげ、空の向こうへと羽ばたいていく。イリスは自然と足を止め、海鳥の行く末を視線で追った。柔らかな海風を受け、イリスの白いワンピースがふわりと揺れる。
「……クライス」
イリスの呼びかけに、前を歩いていたクライスが立ち止まり振り返る。夕焼けに照らされたイリスが、海の向こうを見つめたまま静かに口を開いた。
「…アルディハイトにも、こんな港町があるのかな」
どこか遠く、記憶の彼方に想いを馳せるような、儚くも、凛々しくも見えるイリスのその表情に、クライスは一瞬、息が止まる。まるで、民を想い国を憂う父のような気品を確かに感じたのだ。
「…思い出したいと、思うか」
気付けば、そう尋ねていた。
あまりにも彼女を纏う空気が普通の人間のそれではなかったからだった。本来ならば、自分と同じく国を統べる未来を背負う人生を歩んでいた筈だ。
イリスはしばらく黙り込んだあと、ゆっくりと答えた。
「どうかな」
「……どう、とは?」
イリスの視線は、未だ海の向こうに向けられたまま。
「今は…なんとなく、思い出さなきゃいけないような…そんな気がしてる」
「その言い方だと、本当は思い出したくないように聞こえる」
「そうかもね。……ねぇ、クライス」
そこでようやく、イリスはクライスに視線を向けた。
「思い出したら、何か、変わるのかな」
「!」
「いろんなこと、変わっちゃうのかな」
泣いていないのに、泣いているように見えるのはきっと。
「………思い出しても、私、みんなと一緒にいられるかな」
彼女らしくない、下手な笑顔を浮かべているからだ。
そんな顔、イリスらしくない。泣き笑いのような表情は、彼女には似合わない。
「もしお前が記憶を取り戻した時、それでもここにいることを望むなら…」
クライスは静かにイリスに歩み寄ると、ポケットからそっとそれを取り出し手のひらに乗せ差し出した。
「俺は、お前の望みを…叶えてやりたいと思う」
「っ……」
クライスの差し出したそれは、ミモザの髪飾り。少女が編み、クライスが仕上げたであろうそれは明らかに他の売り物とは違う魔力にまとわれていた。ドライフラワーのはずの色褪せた黄色さえ、光の粒子をはらんで眩しく見える。いつの間に、とイリスは言葉を失いながらその髪飾りから視線を上げ、アメジストの瞳を見つめた。そして、ゆっくりと手を伸ばしその髪飾りを受け取った。
大切に、崩さないように優しく両手で包み込み、イリスは瞳を閉じた。
聞いて、しまおうか。答えてくれるかな。
淡い期待を胸に少しだけ目を開け、髪飾りを見つめながらそっと尋ねる。
「……ミモザの花言葉、知ってる?」
海鳥がもう一羽、水平線に向かって羽ばたいていく。
波の音が静かに時を数え、太陽が海に触れた。
「………ああ、知ってる」
静かに、穏やかに。波の音と重なって、クライスの芯の通った声が柔らかく響いた。
それが、答えだった。
イリスは少年と二人で話している時に教えてもらったミモザの花言葉を胸の奥で反芻した。
『お姉ちゃんの言ってたこと、ミモザの花言葉とぴったりなんだ』
『花言葉?』
『うん。ミモザの花言葉はたしか、───だから。心を込めるって、すげー良いと思った!』
ミモザの花言葉は───『秘密の恋』
クライスはそれ以上何も言わなかった。だからイリスもそれ以上は何も聞かなかった。クライスが差し出した手にイリスがそっと手を重ねれば、どちらからともなくしっかり握り合わせ、二人は再び歩き始めた。
空き家に戻り、鏡の前に立ったイリスは髪を結うとミモザの髪飾りを慎重につけ、鏡を見ながら髪飾りに手をやり微笑んだ。
「うん、届いた」
「そうか」
イリスの横に立ったクライスの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。既に髪色を元に戻しており、途端に特別綺麗な一般人から洗練された高貴な人間へと雰囲気が変わりいつものクライスが鏡に映る。
顔が好きというわけではないけれど、やはりシルバーの髪にアメジストの瞳をもつ彼の整った容姿は特別で、好きと自覚してからはより一層かっこよく見える。鏡越しにクライスを見ていると、彼は鏡の中で小さく首を傾げた。
「…黒髪も似合うけど、やっぱりクライスはシルバーのほうがかっこいいな〜と思って」
クライスのジェスチャーに素直にそう答えると、彼は顔を横に向け、鏡越しではなく直接ぱちぱちと瞬きをしながらイリスを見つめた。
「え、なに?」
「いや…お前も人並みに容姿を見るんだな」
「最初から見てるけど。クライスのこと初めて見た時も顔は良いけど偉そう〜ってリチェルに言ってたし」
「偉そうじゃない、事実だ」
「はいはい、偉い人ですね〜」
軽口を叩きながら、イリスは来た時と同じように両腕をクライスの腰に回して抱きついた。鏡の転移魔法にはまだ慣れない。手を離すとどこまでも落ちていってしまいそうな不思議な感覚が拭えず、不安を消すには彼に抱き付く他ないのだ。
「デート、楽しかった」
抱きつきながら言った言葉はやっぱり少し照れくさくて、クライスの顔を見れなかった。そんなイリスの旋毛を見つめながら、クライスは確かな意思を持って両腕をイリスの背中に回した。
「次は、お前の行きたい場所に行こう」
「!! うん、探しておく!」
二人は一斉に足を踏み出し鏡が放つ光の中へと溶け込んでいった。




